Episode 33 :【彼の者に蘇る、義憤《いかり》】

《――『ごめんなさいねェ~。アナタ達が、無駄に人生を浪費している間に、この国は変わったのよン。

 お気の毒だけど、東京都……いや、今や〝新国家〈御門みかど大江戸おおえど〉〟では、アナタ達のような劣悪れつあく分子ぶんしに、居場所なんてナッシング! ゴミはゴミ箱にお行きなさい!』》


 ……忘れもしない、その姿、その声。


 機械音声が混じる甲高い響きも、傲慢ごうまんわらうその口調も。


 何より――あいつが俺と母さんに勝手に下した、傍若無人ぼうじゃくぶじんで一方的な判決ジャッジを。


 俺の脳裏と深層心理に刻まれた、奴にまつわる全ての記憶は、一瞬たりとも消えたことなどない。


 そして同時に、奴を見た瞬間に燃え上がった、この憎悪ぞうおの炎も、今だ鎮まることはない。


「……すみません。窓、開けてもらえますか」

「えっ? 雨で濡れちゃうよ?」

「構いません。お願いします」

「そ、そう? それなら、別にええんやけど……」


 鳳紫ほむらさんに車窓を開けてもらうと、ビル群に反響する、奴の演説が耳を打った。


 あの時と違って、口調こそ丁寧に整えられている。


 だが――気味の悪い仕草と、その加工された声は、あの頃から一切変わってはいなかった。


『皆さん。今日は、《2050ニーゼロゴーゼロ・DDディザスター・デイ》の惨劇さんげきから、5年の歳月さいげつが流れた日。

 我々人類が受けた傷は、未だ癒えぬものです。

 ですが、我々は確かに未来へと歩んでいます。今日という尊い一日が、明日へと繋がる糧となるのです。

 さあ、今日も一日、頑張りましょう!

 これすなわち、努力は報われ、いずれ花咲く!』


 ……綺麗事を並べただけの、上っ面で薄っぺらい、聞くにえない演説。


 その雑音を聞いた瞬間、憎悪の炎が、さらに激しく燃え上がる。


 ……何が……何が、「努力は報われ、いずれ花咲く」だ。


 ふざけるな。


 この〈御門大江戸〉に蔓延はびこるのは、多くの犠牲ぎせいにじって手に入れた、偽りの平和じゃないか。


 お前の……お前のせいで、母さんは死んだんだ。


 それなのになぜ、お前はのうのうと生きている。


 ゆるせない。ゆるしてなるものか。絶対に――。


「……な、ナッチャン?

 どないしたん、そない怖い顔して……」


 ルームミラー越しに、俺のただならぬ形相ぎょうそうを目にした鳳紫さんが、恐る恐る声をかけてきた。


「……あのよろい野郎やろう。あいつは、いったい何者ですか?」

「よ、鎧野郎って……。

 あのお方はな、〝人類存亡じんるいそんぼう最終防衛さいしゅうぼうえい機構きこうMESSIAHメサイア〉〟の最高幹部の一人、ガブリエル・シンドウ様っちゅうんやで。

 まあ簡単に言うと、今の〈御門大江戸〉で一番偉い人……って感じやな」


 鳳紫さんの解説に続けて、雨津星さんが口を開く。


「〈MESSIAH〉とは、生物兵器や環境汚染、エネルギー問題など、生態系のあらゆる脅威から人類を守る、国際連合直属の組織だ。

 その組織なくしては、我々はとっくに、今日という日を失っていたことだろう」


 ――さらに詳しく話を聞いてみると、そのガブリエル・シンドウこそが、「電磁でんじ結界けっかいによる主要都市の隔離かくり」と「機械化手術による《E・A・Eイー・エー・イー》対策」を最初に提案、実行に移した、張本人だという。


DDディー・ディー》の惨劇さんげきによって、日本政府が壊滅かいめつ状態じょうたいおちいった混乱の中、奴はその功績で国の実権を掌握し、実質的な管理者に収まった。


〈MESSIAH〉という組織の名の通り、まさにこの世界の救世主……というわけだ。


 〈御門大江戸〉という新国家を築き上げたのも、ガブリエル。


 新しい年号である〝黎明れいめい〟を発案し、定めたのも、ガブリエル。


 そして、この国の絶対君主にして――選ばれたものを寵愛し、それ以外は容赦なく切り捨てる……そんな、冗談みたいな絶望郷ディストピアを築き上げたのも、ガブリエルだった。


「……壊滅状態だった、かつての日本政府に、国民全員を救う力はなかった。

 だからこそ、選ばれた人間のために、それ以外の人間を切り捨てた。

 ……それは、国益のための、致し方ない犠牲だ」


 雨津星さんは、静かにそう語った。


 しかし、その声色こわいろからは、『納得がいかない、理解できない』という感情が、滲み出ていた。


 鳳紫さんも、険しい顔のまま、黙り込んでいる。


 ――2人のそんな姿を見て、俺の中で、確信が生まれた。


『やっぱり、この世界は、変えなければいけない』。


 誰かの犠牲という前提ありきで、この世界は成り立っている。


 国益だなんだというが、結局はていのいい人柱ひとばしらを用意して、自分達の安寧を守ろうとしているだけだ。


 選ばれし者だけが平和に嗤う、都合のいい地獄せかい


 そんなものを、俺は絶対に受け入れない。


 絶対に、抗ってみせる。


 改めて俺は、そう強く、深く、心に誓った――。


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《次回予告》


「せっかくだから、我らが本拠地を案内しようか!」

「……まるで、VIP《ヴイアイピー》並みの待遇ですね……」

「んまあ、要するに、そんな厳し~い審美眼をお持ちのリュウさんが、わざわざ自分からスカウトするくらい、君は期待されてるってコト!」


次回――Episode 34 :【辿り着いた目的地】

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