第28話→創造神と幸運を吸われた男

 ――俺は、ついてない人間だ。

 そんな言葉では足りないほど、俺の人生は不運の連続だった。


 小学生の時は、登校中に犬に噛まれ、入院した。

 中学では修学旅行の前日に高熱を出し、行けなかった。

 高校では部活でレギュラー目前に骨折。

 大学ではようやくできた恋人に浮気され、しかもその相手は俺の親友。


 就職しても地獄は続く。

 会社の飲み会では酔った上司が俺の肩を叩きながら笑う。

 「お前ってほんっと不運だよな。なんでそんなトラブル引き寄せんだ?」

 周りは笑っていたけど、俺は笑えなかった。


 だって、俺の周りにいる人間はみんな、なぜか幸せになっていくからだ。

 俺の代わりに宝くじを買った同僚が一等を当て、

 俺の代わりに昇進した後輩が社長賞を取った。

 彼女に振られた後の彼女は、別れた直後に玉の輿に乗った。


 まるで俺の人生が、誰かの幸福の踏み台になっているようだった。



 ある夜、終電を逃して雨の中を歩いていた。

 街灯の下、びしょ濡れのスーツ。

 財布は落とし、スマホは壊れ、傘も風で折れた。

 それでも、なぜか笑いがこみ上げてきた。


「……もう、笑うしかねぇな」


 視界の端で、線路の赤いライトが滲んで見えた。

 ふと、思った。

 ――俺の“運”って、どこに行ったんだろう。


 足が自然とホームの端に向かっていた。

 その瞬間、世界が止まった。



 気づくと、俺は真っ白な空間に立っていた。

 目の前には、黒い外套をまとった男――創造神シン。

 机に分厚い書類の山を積み上げて、疲れた目でこちらを見ている。


「また人間か……で、君は自分の運命に納得してるのか?」


 隣には、巻き毛を揺らす見習い神ラニアが立っていた。

 金色の羽根ペンを握りしめて、俺を見て慌てている。


「えっと、この方は“天野悠”さん。死亡原因は――」

「まぁいい。で、君の希望は?」


 シンの声は淡々としていた。

 俺は口を開いたが、すぐに詰まった。

 希望? そんなもの、今さらあるだろうか。


 だが、その時――ラニアが不思議そうに眉を寄せた。


「シン様……この方の“運の値”、マイナスです!」

「……は?」


 シンが眉をひそめ、水晶を操作する。

 透明な窓に映し出されたのは、見知らぬ異世界の光景。

 そこでは、銀髪の少女が祈りを捧げていた。


「これは……“幸運の加護”持ちの勇者か」

「はい、でも加護の出所が――おかしいんです」


 ラニアの声が震えた。

 その勇者の背後から、無数の光の糸が伸びていた。

 その先には、俺の魂。


「まさか……吸われてたのか、こいつの運」

 シンのつぶやきが、冷たく響いた。


「お前の人生が不幸続きだった理由は、それだ。

 勇者リディアの加護の源……それは“他者の幸運を吸い上げる”性質だった。

 お前は、生まれながらにその対価を支払う存在にされたんだ」


 俺はしばらく言葉が出なかった。

 でも、涙も怒りもなかった。ただ、乾いた笑いがこぼれた。


「……そっか。俺の人生、最初から誰かの幸福の材料だったのか」


 ラニアが慌てて言う。

「し、シン様! 再調整すれば、この方の運を取り戻せます!」


 だが、シンは俺を見つめて問うた。

「それでどうする? 普通の世界に送って、穏やかに生きるか?」


 俺はゆっくり首を振った。

「いや――あの勇者の世界に行きたい」


「……理由を聞こう」

「自分の幸せを、取り返してくる」


 シンは、ほんの少しだけ笑ったように見えた。

「そう言うと思った」


 白い光が、俺の体を包み込む。

 世界が再び回り出す直前、ラニアの声が聞こえた。


「どうか……今度こそ、幸せを掴んでくださいね!」


 俺は小さく呟いた。

「もう誰の踏み台にもならない」


 そう言って、光の中に消えた。

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