第13話→創造神と転生しすぎた男

「……あぁ、またここか」


薄暗い空間に光が射し、そこに一人の男が現れた。年齢は三十前後に見えるが、どこか達観した目をしている。


「お、お客様!? 転生待ちの魂……って、えっ!?」


ラニアが慌てて書類をひっくり返しながら叫ぶ。


「ど、どど、どうして名前欄がもう……埋まってるんですか!? えっと、転生回数が……」


彼女はめくった紙を見て、顔を真っ青にする。


「じゅ、十八回目!? えええ!? そんな、こんなのありえません!」


「ありえるさ」


男は小さく笑って、肩をすくめた。


「俺がそうだからな。どうも、またお世話になります、神様」


奥から現れたシンは、腕を組んだまま彼を見下ろす。


「……またお前か。しぶといにも程があるぞ」


「いやぁ、すみませんね。死んじゃったもんは仕方ないんで」


「仕方なく死にすぎだ」


「ははは」


ラニアは半泣きになりながら、転生記録をシンに差し出す。


「し、シン様ぁ! こんなの前代未聞ですよ! 十八回ですよ!? 普通は二回、三回で十分ですのに!」


「知っている。何度もこいつを送り出したのは俺だからな」


「えええ!? じゃあ常連様なんですか!?」


ラニアの悲鳴に、男は片手をひらひらさせて軽く応じる。


「どうも、“常連客”です。まぁ、死に癖がついちゃってるんですかね」


「誇るな」シンは呆れ声を出す。


 



 


「名は?」


「戦場……いや、今回は別名だな。いろいろと名義は変わってるけど、まぁ“俺”で通してくれりゃ」


「転生回数が増えるごとに名前がバラバラなのですか?」ラニアがぽかんとする。


「そりゃそうだ。世界によって設定は違うし、家も違う。だけど、魂は一つだ。覚えてんだよ、全部」


「ぜ、全部……?」


「そうだ。子爵家の三男で死んだのも覚えてるし、奴隷から英雄になったのも覚えてる。戦争で仲間を救えなかったのも、結婚して家族を持ったのも。最後に老衰で穏やかに死んだ時は、もうこれで終わりかと思ったんだが……結局、またここに来ちまった」


ラニアの手が震え、持っていた羽ペンを落とす。


「そ、それは……普通は記憶を調整して消すはずなのに」


「お前が慌てることじゃない」シンが言う。


「特例だ。あまりに多くを転生した結果、魂に刻まれた記憶が消えなくなった。それだけのことだ」


「シン様ぁ、ちょっと管理甘すぎじゃないですか!?」


「うるさい。お前はまず書類を拾え」


「は、はいぃ!」


ドジっ子らしく転んで机を揺らしながら、ラニアは慌ててペンを拾った。


 



 


「さて、今回はどうする?」


シンはゆっくりと彼を見据える。


「前回は、幸福な家庭を得たはずだな。妻と子供と、老後まで生きた。あれ以上、何を望む」


「……そうですね。あれは悪くなかった。でも」


男は天井を仰いだ。


「俺はもう、“勝ち組の人生”だの“無双の英雄”だの、そういうのはどうでもよくなっちゃったんですよ」


「ほう」


「だって、やり尽くしましたから。魔王も倒した、国も治めた、孤独も味わった。そろそろ新しい遊びが欲しいんですよね」


「遊び、だと?」


シンの声が低くなる。


「……お前にとって、命は遊びなのか」


「いやいや! 違いますよ!」慌てて両手を振る。


「俺にとっちゃ必死だったんです! でも十八回もやってると、やっぱりこう……気分が軽くなるっていうか」


ラニアが目を丸くする。


「死んで、転生して、それを繰り返すのが……軽くなる、ですか?」


「そう。慣れって怖いですよ。俺、死ぬのがもう怖くないんです。どうせまたここに戻って来れるんだろうって。神様がいるから」


シンは沈黙する。


「シン様ぁ……」


ラニアが恐る恐る尋ねる。


「これは、良いことなんでしょうか」


「良いことではない」


シンは短く切り捨てた。


「命は一度きりだからこそ重い。それを繰り返すことに慣れ、軽く扱うなど、本来はあってはならない。……だが、こいつは特異だ。すでに私が何を言おうと、自覚してしまっている」


「……だから、またお願いしますよ」


男は薄く笑った。


「次はどんな世界でもいいです。ただ、また“物語”を生きさせてください。退屈するのはごめんなんで」


 



 


ラニアが恐る恐る小声でシンに聞いた。


「シン様、送るんですか? こんな、こんなイレギュラーを……」


「送るしかない」


シンは苦々しげに言った。


「魂が行き場を求めている。拒めば崩壊するだけだ」


「……また、転生を?」


「あぁ」


男は肩をすくめ、シンを見てにやりと笑った。


「じゃ、また会いましょうね、神様」


「……二度と来るなと言いたいところだが、どうせまた来るのだろうな」


「ええ、たぶん」


ラニアは転生の光に包まれる彼を見て、小さくつぶやいた。


「……常連様、なんですね」


シンは静かに目を閉じた。


「常連など、本来あってはならない」


 


光が収まり、転生しすぎた男は再び世界へと消えていった。

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