第3話 錬金術師の店

 冒険者ギルドからの依頼は、ダンジョンに向かう勇者を監視すること。

 これは、高度な魔法が使えるナーシャを指名した依頼だそうだ。

 ただし、監視していること自体は勇者側――すなわち教会には察知されているだろうとのこと。

 教会は冒険者ギルドとは距離を置いている。規律を守る教会と、自由を尊ぶ冒険者では相性が悪いため。

 そんな教会だから、勇者をギルドが監視していることは織り込み済みなのだとか。ただし、具体的に監視しているかについては隠すべし、とのこと。

「ただのう、わしひとりでは限界があるわけじゃ」

 勇者はこの国にあるダンジョン――非公開だがと名付けられている――に向かう。その入り口は王都より東の、鬱蒼と茂る森の奥深くにある。

 当然森には魔物が出る。Sランク冒険者であるナーシャなら遅れをとることはない、というか魔法で気配を遮断すれば魔物が襲ってくることはない。

 しかし、一人では限界がある。勇者には仲間がいて、彼らが別行動をとったらどうするのか。あるいは、もし勇者の行方を見失い、行方を捜索する必要が出てくれば、当然人手がいる。

 勇者もまた、勇者たるゆえんとして、特殊な能力を持つ。それも複数だ。その一つに、一瞬で魔物を消し去ることができるというものがあるらしい。強い魔物には効果がないとはいえ、森の魔物では耐えられない。

 「ドラゴンぐらいになれば全く効かぬじゃろうがな」とナーシャは言っていた。

 まあ、ドラゴンなんて滅多に遭遇するものじゃない。

 少なくともこの国の森にはいないだろう。そもそもドラゴンは高いところが好きで、山にいるのだ。

 とはいえ、魔王のいるダンジョンには、ドラゴンはいなくても、ほかの強い魔物がいそうだけど。

 僕は戦闘が得意でないことは伝えた。ナーシャはそんなことはわかっておるわと笑って、「ダンジョンには入らんぞ。それに、魔物と戦うことになっても、わしに任せるがよい」と応じた。

 ともかく、魔物は勇者の足止めにならない以上、こちらも魔物と戦っている暇はない。

 それゆえに。

 ナーシャは依頼を受け、勇者の居場所をつかみ、この国に来たものの、どうすればうまくいくか、考えていた。

 そんなとき僕を見かけたらしい。

 もちろん、彼女の目にはスキルの効果はなく、最初から僕は映っていた。魔法使いの視覚は特殊で、微弱なマナを感知できることが理由らしい。

 だからといって、僕にスキルがあることは、ほとんどの魔法使いにはわからないだろう、とナーシャは言った。でも、彼女ほどの魔法使いだと、違和感があるらしい。

 そこで、僕のことに注意していた、だからこそ、受付での相手の反応により気づけたのだと。

 僕は気配を消せる。いや、正確には勝手に消えている。

 魔物にだって僕を見つけることはできない。だから僕は、いつも森で安全に採集ができる。

 まあ、たぶん魔法使いに見つかるってことは、ドラゴンみたいな強力な魔物には効かないんじゃないかな。さっきからドラゴンの話ばかりしている気がするけど。

 そして、これが僕がパーティを組まない理由だ。

 もしかするとこの能力をちゃんと理解できるパーティなら、うまく使いこなせるかもしれない。でも、そこまで信頼できるかというと――。

 なにせ、この能力は気味が悪い。理解すればするほど気味が悪い。

 だって、悪用ができる。盗賊、密偵、暗殺など、数えればきりがない。

 そのことに気づいたのは、ずいぶんと経ってからだったけど、僕は心底この能力をできる限り秘密にしておいてよかったと思う。

 ナーシャには見つかってしまったけど、彼女なら知られても問題ないだろう。根拠はあくまで僕の勘でしかないのだけど。

 それに、彼女も僕のこと、このスキルのことを誰かに話すつもりはないと約束してくれた。Sランク冒険者の約束、というものは大変重い。

 そして結局僕はこの依頼を断らなかった。

「東の森で勇者を監視するのに、おぬしが必要じゃ」

 もちろんそれなりの報酬(というか、さすがにSランク冒険者への依頼。かなりの金額だ)もあった。

 それに僕はナーシャに感謝している。おかげでこの能力のことを理解できた。何より――。


「いい?ちゃんと帰ってきなさいよ。アンタがいないと、その、いろいろと、えっと……そう、素材がなくなったりしたら困るんだからっ!それから――」

 いつもの錬金術師の店で、採集した薬草を納品した。

 そして、すこし遠くに出かけるのでしばらく来れないことを伝えたら、こうなった。

「ちょっと! ロイ、聞いてるのっ!?」

「ああ、うん。ごめん、ちゃんと聞いているよ、メル」

「まったく。ちゃんと聞きなさいよ」

 彼女は僕とそう変わらない年齢の錬金術師。名前はメル。王都で小規模な錬金術師の店を開いている。

 錬金術師の店は、王都であってもほとんど存在しない。

 錬金術師は工房だけを持ち、製品を卸していることのほうが多いというのが理由らしい。だから、裏通りの奥まった場所にあるこの店にわざわざ足を運ばなくても、表通りの普通の商店で同じものが買える。

 もちろん、それはメルが作ったものとは限らないけれど。

 といっても、僕はメル以外の錬金術師は知らない。

 錬金術は魔法の一種。なので、メルは当然魔法使いだ。

 以前聞いたところ、彼女は錬金術に昔から興味があり、ここに店を開いていた師匠に弟子入りして、最後には店を譲られたということを話していた。そして彼女は師匠のことをとても尊敬していたのだと。

 だから彼女はこの店を大事にしている。

 ただ、僕がこの王都に来るよりも前にその師匠は亡くなっていたので、会ったことはない。

 そんなことを思い出していると、初めてこの店に来た時のことも思い出した。

 ――あの時、、少し警戒しながら彼女は「いらっしゃい。何か用?」とぶっきらぼうに言ってきたのだ。

「……なによ?わたしの顔に、なんかついてるの?」

「ううん、なんでもないよ」

「……まあ、いいけど。でも、アンタが遠出なんて珍しいわね。いつも日帰りばっかりなのに……ホントに大丈夫、なの? 別に、心配とかじゃないけど」

 いつも思うのだけれど、彼女の表情はとても豊かで、ころころと変わる。だから、見ていて飽きない。出会った頃は警戒していたのか険しい表情ばかりだったのだけれど、最近はずいぶん打ち解けてきたと思う。

 それでも、怒られることのほうが多いけどね。

「そうよ、別にアンタが心配じゃないのよ。ただ、わたしは、その、お店の心配しているだけで……いつ、帰ってこられるの?」

「それが、僕にもはっきりわからないんだ。明日からしばらく来れないってことしか」

 アイリナーシャからは、勇者は明日にも出発すると聞いている。なので、明日の朝には僕たちも出発だ。

「ま、まあ。ひと月ぐらいは、在庫はもつし? その間、ほかの人に依頼してもいいんだけどね?」

 そういえば、冒険者ギルドで珍しく新人パーティを見かけたし、僕がいなくても大丈夫――。

「でも、ほら! 薬草ってなかなか見分けにくいのよ。前に一度、ただの雑草持ち込まれたことがあって、難癖付けられてトラブルになったことが、ね。あのときは冒険者ギルドがとりなしてくれたけど、やっぱりアンタが一番……違うわよ、これは、仕事、うん、仕事の話よっ」

「う、うん、わかってるよ」

 あの新人パーティも、今は雑用でもなんでもするだろう。けど、しばらくすればそれじゃ物足りなくなる。

 ランクが上がれば、当然腕を試したくなる。そうして、この国では満足できなくなって、離れていくかもしれない。

「(わかってないわよ……)」

 そんなことを考えていたら、メルが何か小さく呟いたけど、僕はそれを聞き逃していた。

 気になって彼女を見ると、何か思い直すようにかぶりを振っていた。

「……でも、いったいどこまで行くの? アンタ、戦うのは苦手だって言ってたのに」

 どこに行くかは話していないけれど、ある程度危険が伴うことは、彼女には隠すことはできなかった。今回の旅に必要な薬品をいくつか注文したのだから、そこから察することは難しくない。

 だから僕は彼女に安心してほしかった。

「うん、でも今回は大丈夫だよ。僕と違って、とても強い人が一緒だし」

「えっ? 一人じゃないの?」

 今回、依頼の内容だけに、アイリナーシャの存在は伏せるように言われている。僕にはわざと姿を見せたけど、この街に彼女が滞在していることも本来秘密なのだ。

 なので、彼女は街中では常に気配を消す魔法を使っている。

 とはいえ、誰かと出かける程度は言っていいだろう。

「うん、僕はどっちかといえばおまけかな、はは。このあたりに詳しい冒険者だから呼ばれただけだよ。ほら、このあたりの冒険者って少ないし」

 僕はすこしあいまいに笑った。僕の能力のことは、メルには伝えていない。

 どう思われるのか、それが怖くて。

「ふーん……強い人、ね……あれ? ねえ、なんで強いじゃないの?」

「へっ? そりゃ、僕以外はしかいないし――」

 メルの機嫌がとても悪くなった。 

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