第2話 エルフからの依頼

「それで、話というのは……?」

 僕はナーシャに改めて尋ねた。

「ふむ、そうじゃな――ところで、おぬし、わしのことはどれぐらい知っておる?」

「ええと、そこまでは詳しくはないです。確か、単独ソロの冒険者で、ドラゴンを倒したことがあるとか……そういう噂程度です。あとは二つ名の由来ぐらいでしょうか」

「そんなものかのう。おぬし、あまりほかの冒険者に興味がなさそうじゃしな」

 確かにそうかもしれない。多くの冒険者には、あこがれの冒険者がいたりする。それに対して僕の場合は、必要に迫られて冒険者になったこともあり、そういったことにあまり興味がない。

 ただ、《剛拳》と呼ばれる冒険者のことはそれでも知っているほうだ。それは、彼女がエルフということもあるけど、僕と同じでソロ冒険者ということにある。

 比べるのもおこがましいけど。

 ちなみに、二つ名の由来は、とある大型の魔物を拳の一撃で討伐したこと、らしい。その魔物には、冒険者が何人も返り討ちにあったのだけど、たまたま立ち寄った彼女があっというまに倒したそうな。

 しかしその名と裏腹に、彼女のものと思われる一本の剣が、テーブルに立てかけられている。彼女の身長に不釣り合いに長いようだが、剣も使うのだろうか。少し気になった。

 いや、今はそれを気にしている場合ではないか。

「ともかく、話の続きじゃ」

 ここからが本題のようだ。僕は少し居住まいを正した。

「おぬし、勇者については知っておるか」

「勇者……」

 それは魔王から世界を救い、この国を含め、人間の国を作り上げた人たち、この国でいえば国王の先祖のことだ。

 でも、勇者にはもう一つ意味がある。

「えと、それはどっちの勇者のこと……ですか?」

 僕はなんとなく気づいてはいたけど、あえて尋ねた。このタイミングで、勇者の話題ならそれはもう一つの意味のほうだ。

「わしが言っているのは、過去に存在した勇者ではなく、今まさに存在している勇者のことじゃ。知っておろう?」

 人々の噂。勇者が現れ、魔王を討ち果たさんと立ち上がった。

 それを教会が認め、正式に勇者は魔王討伐に乗り出すらしい。

「うん、もちろん。あれだけ噂になっていますし」

「うむ――そして、その勇者は今な、この国にきておるのじゃ」

 それは知らなかった。って、それ僕が知っていいこと?

「秘密じゃぞ」

 やっぱり。でもそれを知ってるってことは――。

「勘違いするでないぞ。わしは勇者の仲間ではない」

 そう、いくら勇者でも一人で魔王と戦えるわけじゃない。仲間がいる。ナーシャならもしかして、と思ったけど、確かにそれだとさっきの話、彼女がソロであることと噛み合わない。

「そしておぬしに勇者の仲間になれと言いに来たわけでもない」

 そりゃ僕では、どう転んだって無理でしょ。

「じゃあ――どうして?」

「おぬしは、わしと組むのじゃ」

 ――へ?


「あ、あの、どうして、僕が⁉」

 どうみても釣り合わない。冒険者アイリナーシャは、Sランクの有名人で二つ名持ち。

 それに対して冒険者ロイは、無名のCランク。しかも地味な採集ばかりしている冒険者。

 パーティを組む要素がない。

 Cランクは、ある程度長くやっていれば誰でもなれるのだ。Eランクから始まるそれは、新人が経験することを一通りこなせればすぐにDランクに上がれるし、Cランクにも依頼を一定数こなしてから、簡単な昇格試験を受ければよい。

 そこから上が難しいのだ。なぜなら、そこから上は、魔物を討伐しなければならない上に、昇格試験も段違い。僕には無理だ。

 いや、今ランクの話はどうでもいい。

 目の前のエルフは、どう見ても本気の目をしている。先ほどよりも視線が鋭い。

「ところでお主、わしが声をかけたとき、

(え……?)

 これってまさか。

「大丈夫じゃ。わし魔法を使っておる。こちらのこと、誰も見向きもしておらん」

 ああ、だから僕が店に入ってきたとき、彼女に気づかなかったのか。

 別に姿が消えているわけじゃない。気配が消えているのだ。

 それに、ここはもともと閑散としていて、隣のテーブルには誰もおらず、離れたところに新人と思しき冒険者の一団がいるだけ。店員もこちらに意識を向けることはない。

 そう、魔法だ。正確には通常魔法というが、一般的に魔法と呼ばれるそれは、生活魔法とは違う。

 魔力マナの扱いに秀でたものだけが使える、特殊な技能。その存在は本当に一握り。

 たとえば、生活魔法が暖炉に火をつけるために使われるのに対し、魔法は直接火の玉を生み出す。ドラゴンの吐く炎のブレスも、実は魔法なのだとか。

 僕も、魔法使いの知り合いは一人しかいない。目の前にいる彼女を除いてだけど。

 ――エルフは例外なく魔法が使える、伝承にある。

「おぬし、今わしが使っている魔法と同じことが、できるのじゃろ」

 ああ、やっぱり、気付かれていたか。


 マナはこの世界を構成している――らしい。僕も詳しくは知らない。

 僕が知っているのは、人々が世界で暮らすにはこのマナがなくてはならず、マナを感じることによって、いろいろなものを知覚する、ということ。

 風の動きだってマナによるし、光だってマナ。だから、視覚も聴覚も実際にはマナを感じているのだ。マナがなければ目は視えず、耳は聴こえない。

 そう、僕には、特殊な力がある。そういった人間が、この世界に時折生まれてくる。例えばさっきの勇者だってそう。こういった力を一般的にスキルと呼んでいる。

 そして、僕のスキルは、自分のマナをある程度隠せること。

 つまり自分の気配を消せるということ。ナーシャが言うように、今まさに、彼女が使っている魔法と効果は同じ。

 ――でも、 いいことばかりじゃない。

「きっと苦労したじゃろう」

 その言葉は妙に僕の心に優しく響いた。まるですべて知っているかのように、いや、たぶん本当に知っているのだろう。すべて見透かされてるようだけど、不思議と嫌な気持にならない。

「……うん」

「ふふ、まあ、素直でよい」

 僕のスキルは、正確には気配を消せるんじゃない。

 気配が消える。

 スキルは生まれつきのこともあるし、生まれたあとに発生する場合もあるらしい。 

 僕の場合は後者だった。いつからかはわからない。でも、声をかけて初めて目があう、ということが何度も続いて、そうやって気づいた。

 さっきだって、受付で話をしようにも、こちらから声をかけるか、余ほど近づかない限り、気が付いてもらえないのだ。

 今はもう慣れたけど、子どものころは――。

 まあ、悪いことばかりじゃないのだけれど。僕が採集専門の冒険者として何とかやっていけているのは、この能力のおかげなのだから。

 僕のことを自然と見つけてくれるのは――。

 ああ、そうか。もしかして――。

「その様子では知らなかったようじゃの――おぬしのそれは、魔法使いには効かぬよ」

 そして、それはとてもうれしいことだ。


 ――僕がから見てもらえなくなる、そんな未来、いままで何度も想像した。


「で、感傷に浸っているところ悪いが、依頼の話じゃ」

「……あっ、えと、ごめんなさい」

 僕はもう少しで泣きそうだったけど、すんでのところで堪えた。

「勇者がこの国にきている。先ほども言うたがこれは秘密じゃし、ここから先の話も口外してはならぬ。まあ、冒険者なら意味はわかるじゃろ」

 僕はうなずいた。信用、というのは大事だ。

「勇者の目的はな、この国の地下迷宮ダンジョンに行くことじゃ」

「ダンジョン? え、この国には確かダンジョンはないはず――」

「うむ、このダンジョンは一部のものしか知らぬ。そしてそこにはな――」

 僕は次の言葉に息を飲んだ。


「――魔王がいるのじゃ」

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