第6話 固定観念のその先へ
噴水が、音を立てていた。
乾ききった町の中央で、それはまるで命のように脈打っていた。
人々は信じられないという顔で広場を囲み、水が溢れる様子を見つめていた。歓声も、拍手もなかった。ただ、水音だけが、乾いた大地をゆっくりと潤していく。
その静かな感動の中、レクスとミリアは町役場へと戻っていた。
「……再起動、完了。魔核安定。通水率、初期値の68%。魔力圧縮率はやや低下……でも、問題ないわ」
ミリアが報告書を読み上げると、町長は肩の力を抜き、目を潤ませて頭を下げた。
「ありがとうございます。町を……本当に、救っていただきました」
「礼なら、防具に言ってくれ」
レクスがにやりと笑った。
だが──その隣で、眉間にしわを寄せている人物がいた。
市の技術官、コーグ・ベルク──防具設計の専門家であり、冒険者装備の管理責任者。
「……聞き捨てなりませんな。防具を、魔核制御に使ったと?」
「使ったというより、“着せた”。温度と魔力の遮断に特化してたから、ちょうどよかった」
「ふざけるな。防具とは、“人間の装備”だ。魔核などという不安定な代物に使えば、素材の劣化、繊維の収縮、耐魔膜の剥離──破損の原因になる!」
レクスはそれに、さらりと返す。
「でも、結果として町は助かった。防具は壊れてない。機能も果たした。目的も達成した」
「それは“結果論”だ! 正規の使い方ではない!」
「“正規の使い方”って、誰が決める?」
「……!?」
ミリアが静かに口を開いた。
「使い方が間違っていても、意図が明確で、成果があり、誰も傷つけていないなら。それは……“可能性”じゃないでしょうか」
レクスが続ける。
「あなたは“設計者”だ。でも俺たちは“現場”だ。どんな道具も、現場で試されて初めて、生きた道具になる。目的を果たせば、それが正解だろ?」
「……!」
技術官は、なにも言えずに黙り込んだ。
だが、その視線は怒りではなく、“混乱”だった。
今まで一度も考えたことがなかったのだ。
自分が作った装備が、人の身体以外に“役立つ”ことがあるかもしれないなど──
「……次からは、冷却ジャケットの適応対象に“魔核”も含めて考えます」
「それが技術者の鑑だな」
レクスは苦笑した。
町を後にする日。広場には、小さな碑が建てられていた。
《この噴水は、防具に守られた》
その文字を見た子供たちが、不思議そうに呟いていた。
「ねぇ、なんで防具で町が助かったの?」
それに対し、母親が笑って答える。
「どんなものでも、思いもしない使い方ができるのよ。大切なのは、それを信じる知恵と勇気よ」
その言葉は、きっと町と共に、未来へと流れていく。
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