第19話:開店直前

 プレオープンから一週間が経ち、いよいよカフェの正式オープン日となった。


「お客さん、来ますかね」


 開店の準備をしながら、マリサはドキドキしていた。


「冒険者ギルドの掲示板にもチラシを貼ってもらえたし、たぶん一人くらいは……」


 サイラスも緊張しているのだろう。先程さきほどからずっと同じスプーンをみがいている。


「大丈夫ですよ、きっと」


 マリサが言うと、サイラスがうなずいた。


初陣ういじんというのは、いつになっても胃がキリキリするものだな」

「意外です。サイラスさんはいつも堂々としていますから」

「顔に出ないだけだ」


 サイラスがふう、とため息をつく。

 なんだか新鮮な気分でマリサはサイラスを見つめた。


(あーでも、かっこいい! ギャルソン姿のサイラスさん!)


 マリサはちらちらとサイラスを見つめた。


(鍛え上げた人の正装って素敵すぎる。見惚れてしまう……)


 マリサも聖女として王宮を出入りしていた。

 だから、正装した貴族や騎士たちは見慣れていて、特に何も思わなかった。


(なんでサイラスさんは気になるんだろう……)


 そのとき、サイラスがカウンターから出てきた。


「マリサ」

「えっ、なんですか?」


 サイラスがすっと手を延ばしてくる。


「エプロンのリボンがほどけかけている」


 そう言うと、サイラスがきゅっと腰のリボンを結び直してくれた。


「あ、ありがとうございます」

「いや」


 サイラスがハッとした表情になり、口元に手を当てた。

 どこか怯えた表情に、マリサは驚いた。


「ど、どうしたんですか、サイラスさん?」

「もしかして、嫌だったか?」

「えっ、全然」


 だが、サイラスはうろたえたように後ずさりをした。


「女性には気安く触れないようにしているんだが……マリサにはどうもダメだな……仲間のように接してしまう」


(えっ、それって特別ってことでしょうか?)


 マリサは嬉しかったが、サイラスはうなだれている。


「いかんな、これでは……淑女に対する礼儀は叩き込まれたはずなんだが……」

「わ、私は嬉しいですけど!」


 マリサは思わず力強く言ってしまった。


「そ、その……気軽に接してもらえると……」

「いや、きみを怖がらせたり、不快にさせたりしたくないし……」

「なりません!」


 マリサの勢いに呑まれたようにサイラスが目を見開く。


「そうか、それならいいが……」


 サイラスが髪をかきあげる。


「俺はこの見た目だし、女性に怖がられることが多くてな」

「リンダさんやイリスさんは全然平気そうですが……」


「リンダはギルドの受付嬢で荒くれ者に慣れているし、イリスは子どもの頃から様々な国を渡り歩いている商売人だ。普通の女性とは違う」

「……」


 サイラスと出かけると、彼に見惚れている女性をたまに見かけることになる。

 精悍せいかんで礼儀正しく、ストイックさがにじみ出ているサイラスは、サニーサイドで目を引く存在だ。


(本人、全然気づいていないんだ……)


 確かに長身で鍛え上げた体をしているし、目つきは鋭い。

 だが、彼を恐ろしいと思ったことは一度もない。


「だから、きみがカフェで働いてくれて感謝している」

「えっ」


 思いがけない言葉だった。


「俺一人だったら、女性の客はきっと来てくれないだろう。でも、きみがフロアにいてくれたから、プレオープンの時も女性たちもくつろいでいた」

「そうでしょうか……」


 まったく意識していなかった。

 むしろ、女性客はサイラス目当てだとすら思っていた。


「改めて、俺と一緒にカフェを立ち上げてくれてありがとう」


 サイラスの声は優しかった。


「私こそ……憧れのカフェで働けて嬉しいです! サイラスさんのおかげです!」


 マリサはそう言うのが精一杯だった。

 気を緩めたら、泣き出してしまいそうだった。

 われのない嫌疑けんぎをかけられ、祖国を追放された。

 新天地でこんなにも楽しく安心して暮らせたのは、全部サイラスのおかげだ。


「じゃあ、今日もよろしく頼む。店を開けよう」

「はい!」


 サイラスの言葉にマリサは大きくうなずいた。

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