第6話【初出動】屋上立てこもり案件/それって振りですか

 ジャクセルは制服の左肩に口もとを寄せて、通信結晶に応答した。


「もちろん構いませんが、新入りは訓練室に置いていってもいいですか」


 グルドルフ課長は、その答えを予想していたように、ひと呼吸を置いた。


『──ダメだ。一緒に連れていけ。彼女はお前のお守りだ』


 ジャクセルはタップを解除し、舌打ちしてから、またバッジに触れた。


「しかし、こいつは素人です。今日で辞めるって言ってるんですよ。内勤ならまだしも、怪我をさせたくありません」


 その言葉を遮るように、舞矢が自分のバッジを見よう見まねで叩き、ジャクセルを睨みながら言った。



「舞矢です! 9割がた辞めますけど、今日は定時まで仕事して帰ります!」


『なに? そんなにもジャクセルと合わないか』


「ええ。すごく!」


 ジャクセルのほうでは目を見開いていた。


「別にそら構わねえが、なに急にやる気になってんだよ、お前」



 だが舞矢には、まさか、それがあなたのため……とは言えない。うつむいたが、もう表情を隠してくれる前髪は無かった。



「悪いことは言わねぇ。下手したら死ぬぞ、やめとけ、マジで」


 舞矢はうつむいた。


「……ランドの1dayパスのためです。9,000円なので」


「はあ!?」ジャクセルは顔をしかめた。


 けれど、それは舞矢自身、即興の言い訳だとわかっていた。


 グルドルフ課長からは、このバディのワーウルフが自殺志願者だと聞いている。そしてまた、短期バイトの自分の本来の任務は、このジャクセル・バウハウンド巡査長が本懐を遂げないためのストッパーだとも。


「それに、いま決めたんです、定時までは逃げ出さないって」


 舞矢は、木箱から矢筒やづつを取り出して矢の数を確認した。八本ある。どれも鋼鉄製のヤジリ──言わば小型の日本刀──がついている。


 のどをゴクリと鳴らして、彼女は呼吸を忘れた。



 小学生で浦安市の弓道会に入り、転居してからも中学の弓道部で続けた。もちろん、人に矢を向けたことはない。


 けれど、この異世界で警官の制服を着て、この弓と矢を下げて外に出れば、ジャクセルの話ではないが、悪党に出くわすかもしれない。


 それは、この手で放つ矢が、誰かの一生を終わらせる覚悟を持つということだ。




「……射てるかどうかは、わかりませんが。ストッパーにはなれます」


 正直な気持ちだった。


 ジャクセルはイラついたのか、低い声で言った。


「つまりは邪魔をする気なんだろ。ったく、課長から何を吹き込まれたのか知らねえが、こっちの身にもなれよ……」


 けれども彼はふと表情を変え、つぶやいた。


「……いや、待てよ」


 ジャクセルの目が細くなる。後方待機を命じる気だ──と舞矢は感じた。


 彼は咳払いし、態度を切り替えた。


「……いいだろう。その代わり、指導役は俺だ。そこは理解しているな?」


 舞矢は、矢筒をタスキ掛けにして背負った。


「ええ。聞いてます。指導を受けろ、そして片時も離れるなと」



 ジャクセルは満足そうにうなずいた。


「よーし。じゃあいいか、約束しろ。現場では俺の指示に従え。いいな?」


「うん……じゃないや、了解です」


「いい子だ。おれは自由に戦いたい。そしてなんだか知らねえが、お前はタイムカードの針を進めたい」


 そこで彼は言葉を飲み込み、視線を逸らした。


「……つまりは、エブリワン、ハッピーだ。さあ行くぞ! ウマには当然乗れるんだよな!」


「乗れないです……」


 つまずいたジャクセルは眉間に皺を寄せた。


「課長め、わかってて採用してやがんな……」


「あの、ジャクセルさん、もうひとつだけ……!」


「なんだ、5秒で言え」


「いや、5秒じゃ無理! 探し物です!」


 言いながら、舞矢は木箱を漁る。

 和弓は肩にある。矢を束ねた矢筒は背中にある。足りないのは──


 ジャクセルは地団駄を踏んだ。


「ああもう! 何か必要なの!? 言えよ、おれも手伝うからぁ」


 舞矢は、声のトーンを落とした。

 なかなか言いにくい探し物である。苦笑いした。


「いや、その……胸当てがなくて……」


 ジャクセルは目を覆った。


「そんなもん、あるわけねえだろ」


「だって! 痛いんですよ! その……なんていうか」


「わかってるっ、わかってるから言わせんなバカ! だがよく考えろ! そいつのもとの持ち主はギャングのオッサンだ!」


 ジャクセルは、怒鳴りながら背を向けて駆け出した。


「だからそんな……もんはここにねぇの!」


 戸惑いながら舞矢も、彼を追った。


 廊下へ飛び出して、背中を追いかける。一瞬、遺体安置室の冷気が頬を撫でた。


 胃の底が、ぎゅうっと縮まった。



 振り向いてジャクセルが言った。


「急げ、階段だ、裏門からウマで行く!」


 目指すは、ミハラ市の西側。港湾地区を貫くオール通り。


 階段にも全館放送が流れ、女性署員が続報をアナウンスした。サガノ・ツインタワービルの西塔、1階ロビーに拘束された人質のエルフ一名。首に魔法爆弾が仕掛けられているとのこと。


 ジャクセルの表情が、駆けながら一変した。


「人質に、魔法爆弾をくくりつけてあるってことか」


 一方、同じ西塔の屋上には飛び降りかけている男がいて、自殺をほのめかしている……。


「爆弾と飛び降り志願者は関連あるのかもな……!」


 24分署の裏口から飛び出すと、自分のウマにまたがり、ジャクセルは、舞矢の手を引っ張り上げた。


「まさか、その飛び降り男が爆弾を仕掛けた犯人……?」


「かもな。出すぜ、しっかり掴まってろ」


 駆け出したウマは、24分署の裏門を抜けて大通りを西に向かう。


「魔法爆弾はわかるか?」


 ジャクセルの言葉が風にちぎれていく。


「いえ、ぜんぜん!」


「木組みの立体魔法陣に魔法が込めてある。中身しだいでは最悪ビルくらいふっとぶぜ」


 遠く、西の空に並び立つ鏡張りのビルが小さく見えた。


 鞍の上で彼の肩が上下した。弾むように見えた。


「となると案外、お前のその弓は正解かもな!」


 MRPDの黒馬の上で、舞矢も激しく揺れながら、背負った和弓の重みをあらためて本物の武器──人殺しの道具──なのだと痛感した。


 そんな舞矢にジャクセルは、背中越しに言った。


「ま、心配するな。オメーは前に出さねえ。っていうかむしろ安全圏から絶対に出るなよ? いいか、約束しろよ。絶対にだぞ?」


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