【異世界警察/時給1350円】舞矢とジャクセル、最悪の出会い

朱実孫六

【第一章】12月20日

よく読まないで応募しちゃいました…

第1話【採用】異世界市警・刑事課、バイト応募者ゼロ

 キッチンのラジオから、クリスマスソングが流れている。


 ボビー・ヘルムズの『ジングル・ベル・ロック』。


 DJは、そんなタイトルで紹介していた。







 一年は切っていない前髪をピンでとめて、 17歳になったばかりの山本舞矢やまもと まいやは、ハンバーグのタネを手の中で打ち替えながら、母に追加の小遣いをねだっていた。


「今度こそ、ほんとに一生のお願いなんだけどなぁ!」


 このフレーズは年長のころに覚えた。


 母は肩をすくめ、「またそれ?」と耳慣れた調子で言った。


「だいたいね、月初めで使い切っちゃう、まいちゃんが無計画なのよー」


 母は、洗い物にとりかかった。


 

 舞矢は憮然とした。


「だって、まさか急に制服ディズニーが決まるとは思ってなかったんだもん」






 発端は、止まっていた小学生時代のグループLINEの誤爆だった。懐かしさと深夜の勢いで、気づけばクリスマスに〝制服ディズニー〟が決まっていた。






 母は、泡だらけの手を止めた。


「って、まさかアンタ。遠藤ハルカちゃんたちに不登校のこと話してないの?」


 舞矢は、うつむいて、うなずいた。


「言ってない」


 岐阜県に引っ越し、私立中からそのまま高等部へ。けれど連休明けからは登校していない。


「まぁ……言う必要もないか」母は手を拭いて野菜室を開けた。


「それにしたって、ほかの三人は、まだ浦安住みなんでしょ?」


 舞矢は器にラップをする。


「うん。会話、盛り上がってたし、変な空気にしちゃうかなと思って……」


「はー。またそれか。まいちゃんホントにお父さん似よねぇ」


 




 母はレタスを割って洗い、舞矢に手渡していく。


「ディズニー、いくらかかるの?」


 舞矢は、ちぎりながらザルに放り込んでいく。


「ざっくり言って、5万円」


 母は目を丸くした。


「えっ! 今ってそんなにするの?」




 舞矢は指を折ながら説明した。交通費26,000円、チケット代9,000円、飲食と土産で10,000円。残りは予備費。




 母は、足もとの柴犬をまたいで言った。


「今月はクリーシィの入院もあったしねぇ……」


 クリーシィというのは、うちの5歳になるこの柴犬だ。もうすっかり元気になって、今は賢い顔でシンク下でお座りし、食材が落ちてくるのを待ち構えている。



 母は残念んそうに言った。


「気持ちはわかるけど、ぽんと渡して想い出作ってらっしゃいって、言ってあげられるような余裕はないのよね……」





 舞矢は、この空気を待っていた。


「で、相談なんだケド」


 伸びすぎた前髪の中、上目遣いする舞矢を、長身の母は横目で見た。


「相談? なによ」


 舞矢は、とっておきの作り笑いをした。


「パパの説得、手伝ってほしいんだ。バイトしたいの、お願い、って……」





 ◇





 舞矢まいやは、自室のベッドの上でスマホを両手に、プロフィール入力を進めていた。


「氏名、山本舞矢。年齢17。性別・女。ええと、職業……職業かぁ」




 一拍おいて、少し考える。


「……私立・角川高校、絶賛不登校中」


 つぶやいたあと、自分でも苦笑する。



 壁には角川高校 高等部のブレザーが吊るされ、教科書は本棚に並んでいる。


 退学したわけじゃない。

 


 舞矢は、首をひねった。



「しかし、不登校中って、職業欄はなんて書けばいいんだろ」


 そもそもバイトの求人に職業欄があるのがおかしい。


「……ま、いいか。無職にしとこう。シフトも夜勤以外、全部オッケー、っと」


 そう打ち込み、指を止めたとき──階下から母の声が聞こえた。



「舞矢ー! お風呂入りなさーい!」


 ベッドに寝転んだまま返事をし、スマホを握り直す。


「いや今、ちょっと忙しいから後でー!」


 そのまま、母親の声が下から追いかけてきた。


「お父さん疲れて帰ってくるんだから、先に入ってあげてー。機嫌損ねたらバイトの交渉にも響くわよー!」


 タイミングが悪い。今まさに、ようやく〝18歳未満でも応募可能なバイト〟を見つけたところなのだ。


 しかも募集枠は一名限り。急募の案件だ。のんびりしていたら、すぐに埋まってしまうだろう。




「わかったって、ちょっと待ってー! 応募だけはしておきたいんだよー!」


 叫び返しながら応募画面をタップした。





 そこに表示されていたのは、よくある求人のテンプレートだが──




────────────────

【1日からOK!】地域の安心を守るお仕事。パトロール・犯罪捜査補助【制服・武器貸与/未経験歓迎】


勤務地:バルディア王国 ミハラ市警察 24分署 刑事課

時給:1,350円(内訳:基本1,300円+危険手当50円)

通勤:全国どこからでも応募可。最寄駅から転送魔法でひとっ飛び。

────────────────





「……バル、バルディア?」


 どこかで聞いたことがあるような、ないような。


「テーマパークかな。まあいいか」


 ろくに読まず入力を進めた。



 住所、メールアドレス、電話番号。


 しかし、まだ未練はある。


「でもなー。人生初のバイトが寒空の警備員かー。カフェが良かったなー」


 労働意欲はないが、背に腹は代えられない。


 時給1,350円。一日に6〜7時間働いたとして、一週間で制服ディズニー同窓会の予算額はクリアできる。



「ん?」



 舞矢は入力画面の最下部で、ふと目を止めた。


「……特技欄?」


 そんなのバイトに要るのかと、彼女は小さく首をかしげるが、警備員ならスポーツや運動部の経験は採用に有利かもしれない。ましてそれが武道とくれば……。


「弓道二段、そろばん十五級。シフトも明日から、っと……よし!」


 送信ボタンを押し、充電ケーブルに差し込むと、ベッドから跳ね起きた。


 そのままパーカーを脱ぎながら階段を駆け下り、


「おかーさーん、バイト応募したよー!」


「なんのお仕事ー?」


 飛び込んだ脱衣所から、顔だけを出す。


「なんかねー、テーマパークの警備員さんみたいー」



 舞矢の声が、洗面所から響き渡る。






 浴槽で、舞矢がクリスマスソングを歌っている。


 ボビー・ヘルムズの『ジングル・ベル・ロック』。


 うろ覚えで、わからないところはハミングで。



 そんなありふれた12月の夜。


 クリスマス、そして制服ディズニー同窓会は、あと6日後に迫っている。





 ◇





 しかし、そのころ──誰もいない彼女の部屋では。




 ベッドで、スマホが鳴動し、一通のメールを受信していた。


 画面には、



《件名:採用決定のお知らせ》

《宛先:山本舞矢 様》

《送信元:バルディア王国 ミハラ市警察 24分署 刑事課 担当/グルドルフ》




 そんな文字が表示されていた。



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