第Ⅲ話 狂戦姫

「リースヴェルトさま……ここは、おれたちにお任せを」

「小娘のひとりくらい、リースヴェルトさまの手を煩わせることはありません」

「ですが、その後のことは——見逃してくださいよ」


 あたしの背後から、ぞろぞろとアルフィリンの騎士たちが現われた。

 騎士たち——とは言うが、鎧だけは立派なものの、中身は伴っていないようだ。

 既に剣を抜いており、包囲するように油断なく、脚を運んでいる。


 アルフィリンは、人間と似ているが、実質は違う種族だった。

 かつて、異世界と地球を繋ぐポートから大挙して押しよせ、地上のほとんどを占領してしまったこともある。

 今は、以前よりは力を失い、滅びの道を歩みはじめているのだが、それでも最近はグラーツ島から大陸やこのイスファの島へと侵攻を繰り返しており、勢力を伸ばしていた。

 エレド王国をはじめ、イスファの島もいずれ、アルフィリン帝国の領土として組み込まれてしまうのだろう。


「レイドアーマー展開アクチユエイト。スターリー・ジャケット、スプレッドアウト」

 呟くと、あたしはストレージからアーマーを取り出し、体に直接、装着させた。

 光に包まれ、そして、漆黒のレザーアーマーがあたしの体を覆っていく。


 アクチュエイト——ストレージから直接、防具などを取り出し、一瞬にして武装するのは、アリアンフロッドの戦士に与えられている、基本的な能力のひとつだった。

 ストレージも、容量はそれぞれ異なるが装備などを虚空に収納することが出来るので、まるで変身でもしたのかのように見えるのかもしれない。


 スターリー・ジャケットは、速度に特化したレイドアーマーだった。

 肩と胸、右腕と両脚の一部分が金属で補強され、防御力増加を呪工エンチヤントされてはいるものの、騎士たちの剣の一撃を受ければ、それなりにダメージは受けるだろう。

 しかし——すべて回避すれば、そんなこと、気にする必要はない。


 あたしは、背中に右腕を回した。

 中指に嵌められている指輪が、あたしの意志に反応し、銀色に輝いた。

 スターリー・ジャケットと同様、虚空から両手用の剣が召喚され、背中に装備させられる。

 背丈をほぼ、同じ長さの板状剣の柄を握るものの、あたしはまだ、抜かなかった。


「あたしは今、とっても機嫌が悪いんだ。初撃の権利は譲ってやるが……斬りかかってきたら、その時点で終わりだ。全員、この場で切り捨てる」

「こいつ!」


 あたしは、どす黒い感情が、体の奥深いところから、湧き出してくるのを感じた。

 唇を噛みしめる。

 戦いへの予兆に、震えが走る。

 血を求めて止まない——体が今にも動き出しそうになる。


 左側から、ひとりの騎士が斬りかかってきた。

 騎士剣を振り上げ、踏み込み、まっすぐに剣を振り下ろしてくる。


 あたしは、にやりと笑った。

 剣の動きを読むまでもない。

 素直な剣の動きで、本当に戦場に一度でも立ったことがあるのだろうか、と思うぐらいだった。


 初撃の権利は与える、とは言ったが、受けるとは言っていない。

 あたしは、大剣を背中から抜いた。


 【GS-1731-DSL】通称、ダインスレイフ。

 両手剣型の斬奸刀アビスブレイカーだ。


 斬奸刀は、奈落よりのものに対して強化された、特殊な材質で製造された武器だ。

 対人に使われれば、地獄のような光景が展開されることになるだろう。

 禁じられてはいないが——むしろ、斬奸刀を振るえる機会を得たことに、興奮を隠せなかった。


 念じると、あたしのストレージからカードが現われた。

 ——呪符フオースインテンシブカードだ。

 それが、あたしの体の周りをぐるぐると、舞い始める。


『我は撃つ、鋭き一撃を! 「赤刃せきじんの報復」よ。灼熱をもって、仇敵を破砕せよ!』

 口のなかで、唱える。

 呪符の一枚が、あたしの声に応じて砕け、赤い燐光を残して、消え去る。

 大剣の刃が、赤い光を帯びる。


 柄の根元から、光の波が走り、剣の全身を炎の色に染める。

 地面を蹴るのと同時に、大剣を振り上げた。

 灼の魔力——火炎や武運を象徴する属性を剣身にまとわせ、正面に立つ騎士へと一気に迫った。


 周囲の風景が、スローモーションがかかったように感じられた。

 騎士たちが、驚きの表情を浮かべているのが、はっきりと見える。

 ——こんなの、はじめてだ……。


 自分にいったい、何が起っているのだろう。

 これまで、戦闘は何度となく、繰り返し、行ってきている。

 奈落よりのものども——地上を席巻している、おぞましい姿をした異形のものをはじめ、荒野をさまよう略奪者レイダー機構軍マシーナリィフォースからあぶれた機械兵士とも戦いを繰り返し、経験は豊富だが、スローモーションに見えたことなど、一度もなかった。


 今は、騎士どもの表情の変化すら、はっきりと見えている。

 騎士たちは、水のなかにいるように、緩慢な動きなのに、自分はそうではない。

 それどころか、いつもよりもさらに研ぎ澄まされたようだった。


 目の前の騎士に、最初の一撃を喰らわせる。

「ひとり……」

 剣の刃が、板金鎧を紙のように切り裂く。

 ダインスレイフを手に、今日まで戦ってきていたが、その切れ味はこれまでと、比較にならないくらいだ。

 騎士の体が吹き飛び、血を撒き散らしながら、地面へと落下した。


 ——こんなにも、怒りと憎しみというものは、力を湧き出させるものなのだろうか……。

 血と戦いに、興奮を覚えながら、一方であたしの頭は冷え切ってもいた。

 まるで、肉体と頭脳を切り離され、別の人物の視点からあたし自身が動いているのを見下ろしているかのようだった。


 柄を握り直し、大剣を持ち上げる。

 左へと脚を踏み込み、今度は剣を薙ぎ払う。

「ふたり」


 技も何もない。

 ただ、力任せに、振り回しているだけだ。


 ごり、という感覚が腕に走った。

 騎士の体が吹き飛んだ。

 たった一撃で、騎士の体が四散した。


 痛みも感じずに、剣が振れた瞬間に、騎士は絶命したのだろう。

 ばしゃっと、あたしは血を正面から浴びた。


 濃厚な血の臭いを感じ、あたしは知らないうちに、悦びの声をあげていた。

「三人、四人、五人……あはは! もっと! もっと、興奮させてくれよ」

 次々と、あたしは騎士たちを屠っていった。

 そして、気づくと、立っている騎士はひとりもいなくなっていた。

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