第3話 《知らない名前と、知らない毎日》
前書き
「アキラ」と名乗ったはいいが、俺は何者なのか、どこから来たのか――わからない。
ただ、手は動いた。
目の前の世界に馴染めずとも、なぜか“作る”ことだけはできる気がした。
そんな俺を迎えてくれたのは、小さな孤児院。
ちょっと騒がしくて、少し懐かしい、そんな場所だった。
本文
あたたかなスープの匂いが、どこか懐かしく感じられた。
石造りの家。小さな中庭。木製の窓枠に、手縫いのカーテン。
誰かが確かに“手”をかけて作った、そんな家だった。
「ここが“聖ルシアの家”よ。あなたが気に入ってくれるといいけど」
やわらかい声でそう言ったのは、シスター・エルナ。
あの日、街の木の下で声をかけてくれた女性だ。
彼女の手に導かれ、俺はこの家に迎え入れられた。
⸻
朝はパンとスープ。昼は作業。夕方は少し遊んで、夜は早く寝る。
子どもたちは、規則正しく、元気に暮らしていた。
「みんな、アキラにちゃんと挨拶してね」
食後、エルナの言葉に、子どもたちが順番に並んだ。
「ミラ。あんた、変なやつじゃないといいけど」
11歳くらいの女の子。腕を組んで、ジロっと睨んでくる。
「レトー! あ、これね、さっき壊れたおもちゃ!」
9歳の男の子が笑いながら、歯の欠けた木の車を持ってきた。
「私はカヤ。裁縫が好き。えっと、よろしくね」
12歳くらいの静かな女の子。俺の服のほつれを見て、そっと袖を直してくれた。
「……トモ、です」
7歳の内気な男の子が、俺の後ろに隠れながらも挨拶してくれる。
「ジール。13歳。ま、仲良くしようぜ。……別に期待してないけどな」
一番年長らしい少年は、斜に構えつつも、どこか目が優しい。
みんな、それぞれに癖はあるけど、悪いやつじゃない――気がした。
⸻
俺はというと、いまだに何も思い出せない。
でも、食べて、眠って、話して。
こうして日々が流れていくのなら、しばらくはここで生きてみようと思った。
⸻
「ここでは、13になったら“魔力量”の測定をして、
その結果で近くの中等部に通うの。16になったら《儀式》があるわ」
エルナが話してくれた。
「みんな、いずれは自分の力で生きていくために出ていくの。
それまでここで学んで、遊んで、力を蓄えるのよ」
そういうものなのか……と、俺は小さくうなずいた。
他の誰とも違う“自分”を持て余しながらも、
この家の温もりに、少しずつ体を預けていった。
魔法の世界の住人、魔法が使えず、今これ。
後書き
違和感を抱えたまま、それでも“居場所”を与えてくれるこの家と仲間たち。
アキラにとって、ここは最初の“組み上げ直し”の場所になるかもしれない。
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