『魔法の世界の住人、魔法が使えず今これ。』

天坂 透真

第1話(プロローグ)《棟梁の道》

前書き


物を作ることが、俺のすべてだった。

中学を出て、大工として修行し、ようやく自分の家を一棟建てあげた――その日。

俺は、死んだ。


そして目覚めたら、魔法のある世界で、子どもの姿になっていた。

でも、俺には魔法が使えない。


ただ“手”の感覚だけが残っていた。


本文



木槌の音が止んだ。

 釘の一本まで自分の目と手で確かめながら、俺は一歩後ろに下がった。


 完成したばかりの一軒家が、夕陽を受けてやわらかく光っていた。

 見上げると、軒先のラインも、柱の組みも、妥協のない仕事。

 ああ、ついに――。


「おいアキラ、お前の家だぞ。誇れよ」


 後ろから親方がぼそっと言った。

 振り返れば、あの無愛想な顔が、今日は少しだけ柔らかい。


「……はい」


 中学を出てすぐにこの世界に入って、十年以上。

 汗まみれで土台を運び、失敗して怒鳴られて、それでもやめようと思ったことは一度もなかった。

 物をつくるのが好きだった。ただ、それだけで続けてきた。


 俺――アキラは、ようやく一人前として「家一棟」を任され、それを完成させたのだった。



 そして、その日。


 工具を片づけ、最後に建物の外観をスマホで撮りながら、ふと道へ出た瞬間。


 ――クラクション。

 ――ブレーキ音。

 ――光。

 ――音のない衝撃。


 車の運転席から、家の施主の男が驚いた顔をしているのが見えた。

 でも、もう目を開けていられなかった。


***


 ……気がつくと、俺は空を見ていた。


 空、っていうか――なんだこれ。

 でかい月が三つ? 木が青い? 建物が石? 人、耳とんがってる……?


 魔法の世界の住人、魔法が使えず、今これ。




後書き


職人アキラ、人生の最高の完成とともに命を落とし、

目覚めた先は、魔法が当たり前の異世界。


名前しか覚えていない少年の第二の人生が、今始まる。



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