第2話 目で追ってしまう、それだけのことが

月曜の朝。


制服に袖を通して、鏡の前でネクタイを締めながら、成哉はなぜか落ち着かなかった。


昨日の、あの笑顔。

誰に向けたわけでもない、杉浦しおりの“嬉しそうな顔”が、頭から離れなかった。


なぜだろう。

別に好きとか、そういうんじゃない。

ただ──“気になっている”だけ。


それだけのはずなのに、鏡に映る自分の表情は、どこか集中していないようだった。


HRが終わり、1限の国語が始まっても、成哉は上の空だった。

先生の声が遠くに感じる。


(あいつ、どんな顔をしているのかな?)


そっと顔を上げる。

教室の後ろの窓際──そこに、彼女はいた。


昨日と同じように黒髪は肩に沿って揺れ、眼鏡の奥で静かにノートに視線を落としている。

でも、成哉の目には、少し違って見えた。


──映画を観てたときの、あの顔。


たった一日で彼女の印象は変わった。

“地味”だったはずの彼女が、“何かを持っている人”に見えてくる。


気づけば、何度も視線が吸い寄せられていた。


「おーい、野上~?」


昼休み、隣の席から声が飛んできた。


「なんか今日、おまえ……ボーッとしてね?」


パチン、と指を鳴らしてきたのは、三浦美月だった。

机に肘をつき、いたずらっぽく笑っている。


「……そ、そうか?」


「そうか?じゃないし。さっき国語の先生に質問されて“はい”しか言ってなかったよ? 珍しいじゃん、あの“完璧ノガミ様”が返答フリーズとか」


「あー……まぁ、寝不足っていうか」


「ふーん……?」


美月は怪訝な顔で成哉を見つめた。

そのやりとりを聞いていた周囲の男子たちが、にやにやと笑い出す。


「なに、これ夫婦漫才?」

「はいはい、いつものイチャつきな~」


「……うっさいわ」


美月がペシッと手を振ると、場は笑いに包まれた。

そして、自然に話題はSNSでバズってるダンス動画の話へと移っていく。


でも、成哉の心は、どこか浮いていた。


帰り道。

昇降口で靴を履き替えていると、美月が隣に来る。


「今日のあんた、なんかさ──いつもと違ったよ?」


「……そうか?」


「うん。別に怒ってるとかじゃないけど……なんか、距離ある感じっていうか。隣にいるのに、目が合わないっていうか」


それは、美月なりの“観察”だった。

派手で社交的に見えて、実はよく人を見ている。

成哉の些細な変化に、誰よりも早く気づいたのは彼女だった。


「ま、いっか。明日には元に戻ってるでしょ、きっと」


そう言って、美月は明るく笑って歩き出す。


でも、その背中を見つめながら、成哉は小さくつぶやいた。


「……どうかな」


──たった一人の笑顔を見ただけで、

こんなにも、日常がぎこちなくなっていく。


それが、どうしてなのか。

成哉はまだ、うまく答えを出せないでいた。

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