第21話 修学旅行の飴細工

修学旅行の飴細工

「あら、降りてきたのかい?待っててね、夕飯これから作るから」


「えっ、あの、そんな訳じゃないんです。ご飯は買うので、」


「あら、食べないのかい?残念だねぇ」


「えっと…」


 俺が困っていると、背後から飴がヒョコッと顔を出す。


「ご飯、作ってくれるんですか?」


「ええ、何が良い?」


「お婆様の得意料理!」


「おやおや、元気で可愛い子だ。よし、じゃあ手に塩かけて作っちゃうね」


 飴はニコッと笑うと俺の手を引いて一階を探索し始める。老夫婦はゆったりと料理の準備をし始め、時折俺たちに話しかける。


「君たち、どこかで見た顔だねぇ。芸能人に似てるのかな?どっちも綺麗な顔をしているからねぇ」


「あはは…」


 俺と飴は苦笑いで返すと、ガラガラとドアが開く。そこにはさっき出会った男性がいた。


「おや、帰って来てたのかい」


「さっきまでタバコ吸ってた」


「そうかいそうかい、ああ、今はこの子たちがいるから外で吸ってね」


「いつも外で吸ってる」


 その人は老夫婦と親しげに会話をする。俺たちの視線に気付いたのか、老夫婦はその人を紹介してくれる。


「私たちの孫の悠鶴ゆづるだよ、この民宿の跡継ぎ。もう好きなことやって良いと何回言ってもここを継ぐとしか言わなくてねぇ」


「さっきも会ったな、多々良悠鶴たたらゆづるだ」


 俺とその人は握手を交わすが、飴は俺の後ろでその人をジトリと睨みつける。


「えっと…多々良さん?」


「いや、悠鶴でいい」


「悠鶴さん」


「ああ」


 悠鶴さんはそのまま二階に上がってしまい、2人は料理に取り掛かる。俺と飴はここにいる理由も無いため二階に上がると、悠鶴さんが待っていた。


「悠鶴さんは刑事か何かなんですか?」


「いや?違う」


「なのに何でそんなに洞察力が良いんですか?」


「少しばかり人に興味があって、それだけだ。なぁ嬢ちゃん、何でそんなに俺を睨む」


 飴はずっと威嚇のように悠鶴さんを睨む。俺は飴を嗜めるが、飴はフンとそっぽを向くだけだ。


「ありゃりゃ、こりゃ俺嫌われたな」


「飴、この人もしかしたら助けてくれるかもしれないから良い態度とった方がいいよ」


「お前も策略の為かよ」


 飴は悠鶴さんに視線を移すと、モゴモゴと口を開く。


「………その、」


「何だ?」


「私と伊聡がここにいること、本当に誰にも言わないで下さい」


「言わねぇよ、こんな田舎にいるって言っても誰も信じないだろ」


「それでも追ってくるのが警察と報道陣です」


「警察?ああそうか、お前たち行方不明だもんな。詳しくはその坊ちゃんだけだが。なぁ嬢ちゃん」


「………なんですか」


「親は…流麗月晶はどうした?」


「だからソイツの事を言わないで」


 飴が咎めると、その人は挑発的に笑う。


「2人とも、虐待か」


 その言葉に俺たちは目を見開いて自分たちの格好を見る。俺たちは全てのあざや傷は服で隠している。そのはずなのに何で当てるんだ。


「そんな分かりやすい反応すんなよ、騙されやすいんだな」


「何で、」


「まず嬢ちゃんの方、こんな暑いのに何で襟元しっかりした長袖なんか着るんだよ。しかも良いとこ育ちの2人が逃げ出すなんてそれなりの理由がある。そしてかなり親を嫌っている様子と怯えている様子。ここから俺は鎌かけて虐待って言っただけだ」


 悠鶴さんはペラペラと話す。俺たちは顔を見合わせてから距離をとる。


「お前ら2人、何かやっただろ」


「何かって?」


「犯罪」


 俺と飴は黙ると、悠鶴さんはそれ以上深く聞かずにタバコを咥える。


「別に良いけど、何しでかしたなんて関係無いし。それに、君たちどうせバレるからって深く考えてないようだしね」


 全部を当ててくる悠鶴さんに恐怖を覚えながら俺と飴は自室に戻り、テレビを付ける。テレビはどこのチャンネルをつけても俺の行方不明のニュースでいっぱいだ。これじゃあ老夫婦2人にもにも知られてるな、そんな思いで俺はテレビを切る。


 飴がお菓子を食べたいと言い出して俺が止めていると、丁度ご飯が出来たと呼ばれる。下に降りるとそこには美味しそうな料理が並んでいた。

 お刺身に天ぷら、温かい白米に美味しそうな味噌汁。俺と飴は目を輝かせて席に着くと、悠鶴さんもタバコから帰って来て席に着く。


「いただきます」


 みんなで手を合わせて言った後、俺と飴がそれらを食べていると老夫婦からお風呂の時間を聞かれる。ここで一緒に入るわけにもいかないのでとりあえずの時間を言って料理を食べ進める。料理は本当に美味しくて、いつもはあまり食べない飴も今日は人並みに食べていた気がする。俺たちはお腹いっぱいになってお礼を言うと、老夫婦は幸せそうな顔をする。知らないとはいえ犯罪者である俺に優しくしてくれて心が痛むが、もう決めた事なのだ、もう戻れない。


 俺と飴が自室でこれからの予定を決めているとコンコンとノック音が響き、俺が開けると悠鶴さんがいた。


「お前ら、いつまでいるつもりだ?」


「分かりません」


「そ、まぁ良いけど。風呂出来たってよ」


「わーい!大浴槽?初めてー!」


 飴はすぐにお風呂の準備をして行く気満々だ。俺の準備も終わると悠鶴さんが案内してくれる。


「じゃあ伊聡、終わったらここ集合ね」


「ああ」


 飴と別れて俺は男湯の方に行くと、悠鶴さんも入るらしく一緒に脱衣所で服を脱ぐ。


「体、すげぇな」


「別にそれほどでもないです。もっと酷い人を俺は知ってます」


「ああ、あの嬢ちゃんか。お前の彼女」


「何で分かるんですか」


「いや、これは分かるだろ」


 悠鶴さんと会話を交わしながら一緒に湯に浸かる。今までの疲れが一気に押し寄せ、それを熱い湯が洗い流してくれる。


「ここ、結構良い場所だろ?知る人ぞ知る、穴場なんだよ。だからこんなに続いてる」


「そう…なんですね…」


 俺は気持ち良さに身を任せてふわふわとした返事をする。


「ったく、お前らも大胆な行動に出るよな。金があるからかもしれないが」


「…………」


「別に責めてなんかない。ただ、運が悪かっただけだ」


 悠鶴さんは全て俺のしたことを分かってるかのように言う。


「俺はお前たちを救う事は出来ない、救えるのは、お前たちだけだ」


 悠鶴さんはそう言って俺よりも早く上がってしまう。俺はもう少し浸かってから風呂を出た。

 風呂から出ると悠鶴さんは外で待っており、俺も飴を待つ。数十分後、飴は長袖長ズボン出てくる。家では半袖半ズボンだったが、流石にここでは見せられないと思ったのだろう。そんなことを気にせずに悠鶴さんは飴に話しかける。


「別に気にしなくて良いんだぜ」


「ダメですよ、お婆様たちも居るんだし」


「そうだな、2人は心配性だしな」


 悠鶴さんは俺たちをフリースペースに案内する。そこにはよく見る色んな味の牛乳瓶とアイス、そして卓球台が置かれていた。その光景に俺と飴は目を輝かせる。


「凄ーい!!夢みたーい!」


「凄…、やば…!」


 俺と飴がはしゃいでいるのを悠鶴さんはじっと見た後、不意に卓球ラケットを手に取る。


「勝負するか?」


「伊聡!ペア組もう!」


「はは、良いぜ。俺には年齢のハンデ、そっちは人数のハンデだ」


 俺と飴は連携して試合を有利に進めようとしたが、悠鶴さんはいとも軽く変な急カーブを打ってきたりネットギリギリを狙ってきたり、とても大人気ない事をしてきて惨敗の結果となった。


「悠鶴さん、強すぎません?」


「大人を舐めるなよ」


 飴はゼイゼイと息を吐いてせっかく風呂に入ったのにまた汗をかいている。


「伊聡、アイス、取ってきて、」


 俺が苺味のアイスを持ってくると、飴はすぐに包装を乱暴に破いてアイスを舐める。


「甘い~おいし~」


「良かった、このアイス仕入れてるの俺なんだよ」


 悠鶴さんはオレンジ味のアイスを食べる。俺はバニラの味を食べていると、不意に飴が俺のアイスを食べる。


「飴、」


「おいし~」


 俺も飴のアイスを齧ると飴はムッとした顔になる。


「伊聡~」


「仕返し」


「しょーがないなー、私とそんなに間接キスがしたいなら言ってよー」


「違う違う」


 冗談を挟んだところで悠鶴さんは俺たちにもう寝ろと急かす。


「えーやだー」


「明日、ここら辺案内してやるよ」


「え、良いんですか?」


「ああ、タバコは後払いでいいぜ」


 こんな時でもきっちり報酬を受け取る悠鶴さんは良い人だと飴も信用したところで、俺は飴の手を引いて部屋に戻る。布団を引いて、俺たちは隣同士で寝る。


「何だか、修学旅行みたいだね」


「ああ、こんなに楽しいんだな」


 俺と飴は今日のことを振り返りながら話していく。こんなに楽しいのは人生で初めてだ。俺と飴は話している間にも遊び疲れた疲労が溜まっていき、いつの間にか目を閉じて抱き合って眠りについていた。


 

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