ガッコウの巣の上で
昆出威家
第1話 ガッコウ
第一話
「行ってきま~す‼」
ジンのの元気のいい声が朝陽が降り注ぐ玄関に響きわたった。
ジンは11歳。ショウガク5年生だった。
人間が一番元気で余計なことを考えずに輝いていられる年齢。
その声を聞いて両親のエリカとカズヤが玄関へとやってきた。
二人とも健全に育っていくジンの姿に笑みを浮かべながら見送る。
靴を履いているジン。
「今日はがんばってね」
母親のエリカが言った。
靴ベラを掴んでいたジンの手が一瞬止まったに思えた。
「うん、頑張る」
ジンが明るい声で答えた。
「普段通りの力を出せば大丈夫だから」
父親のカズヤが励ます。
「うん、大丈夫」
両親の方を向いて立ち上がり、笑顔を見せるジン。
「行ってきま~す」
「車に気をつけるのよ」
エリカは心配そうに、もう500回は言っているであろう言葉をジンに投げかけた。
「大丈夫だって‼」
そう言って笑いながらジンはドアを開け、降りそそぐ初夏の朝陽に目を細めながら飛び出していった。
そんなジンの背中を見つめるエリカとカズヤ。
二人はこの平和な世の中をかみしめるようにそっと手を握りあった。
夏の訪れが随所に零れ落ちている通学路をジンは歩いていた。
その顔は先ほどまでとは違い少し引き締まっていた。
両親が玄関で見送ってくれた時、一瞬固まってしまったことを後悔していた。
(こんなんじゃダメじゃん。まだまだじゃん)
ジンは苦い感情を押し殺しながら歩いていた。
すると突然背中に衝撃を受けた。
「痛てぇ‼何すん…」
そう言おうとした瞬間ジンの脳裏に光速の蠢きが起こった。
何とも表現し難い暴力的な脳の動きだった。
(何だこれ?まだ始まってもいないのに)
「アッハッハッハ」
ジンは怒号を浴びせようと振りかえると、その主を見てふっと力を抜いた。
「オッス‼」
幼馴染で同級生のハジメが笑いながら立っていた。
ハジメは冗談なのか本気なのかわからない行動をしてくるトンチンカンな奴だった。
ハジメは笑いながらジンの肩に手を回してジャレてくる。
「なんか暗い顔して歩いてたぞ。悩みでもあんのか?うん?あるんならこのハジメさんに相談したっていいんだぞぉ」
「オマエに相談するくらいなら自分で答え出した方が何百倍もマシだわ‼」
ジンも笑いながら返した。
ハジメとはホイクエンもショウガッコウも一緒だった。
「朝飯食ったんか?」
ハジメがジンの顔を覗きながら聞いてくる。
「ああ少しな」
ジンがうざそうに答える。
「少しか。俺はキッチリ食った」
そのハジメの声にはさっきまでのふざけた調子がなかった。
マジの声だった。
「そっか」
ジンの声もトーンが一段低くなった。
しばらく二人は無言で歩いた。
そしていきなりハジメが言った。
「今回は俺が勝たしてもらう」
ジンはそれには答えなかった。
それっきり二人は無言で歩き続けた。
ガッコウが近づくにつれて生徒の数が多くなった。
自分達よりも小さな手をつないで歩く低学年が目に入ると
二人ともその姿に見入った。
「俺らもあんな感じだったよな…」
ハジメが言う。
「…親からなんか言われたりしてるか?」
ジンも二人の下級生に目をやりながら言った。
「いや…何も」
「だよな。言われたところでどうしようもないもんな」
「ああ」
ジンはさっき玄関で両親が見送ってくれていた姿を思い返しながら答えた。
(ほんとうにどうしようもない)
(自分のことは自分でしか解決できない)
ジンは内心の声に納得して前を向いた。
「よっしゃ‼」
とハジメは言うといきなり走りはじめた。
強烈なダッシュ力で走っていくハジメ。
「おい‼」
と驚きつジンも煙が立つようなダッシュでハジメを追う。
二人の姿は夏の陽炎のように一瞬で消えた。
残ったのは陽に焼けるアスファルトの臭いだけだった。
空調が効いたリビングにエリカとカズヤがテーブル越しに向かい合ってコーヒーを飲んでいた。
夕方になった今では初夏の暑さもだいぶ弱まっていた。
「ジンはいい感じなのか?」
カズヤが心配そうに聞いた。
「大丈夫よ、テストは今年に入ってからずっとトップよ」
「そうか」
エリカはそう言って少し笑った
「まあ、元気に育ってくれてれればそれでいい。この前ジイジもそう言ってた」
「オヤジさんが?」
「うん。この前実家に戻った時ジンの話ししたら『元気に育っていること自体が強いことだ』って言ってた」
エリカはそう言ってカズヤを見つめた。
「アハハ!確かにそうだ。オヤジさんらしいな」
「でしょ」
エリカも笑う。
が楽しい会話もそこまでだった。
二人は無意識に自分達が『ソレ』から話しを遠ざけていることがわかっていたからだ。
沈黙は重くのしかかり、空調の音がやけに大きく聞こえる。
二人は押し黙り自然と庭に目をやった。
ジン、エリカ、カズヤが住んでいるのは郊外だったが、それなり庭がある一戸建てだった。
「まあ、オヤジさんの言うことも一理ある、正論だよ」
「でしょ」
エリカは笑顔で答えた。
「楽観的だなエリカは」
「もちろん‼楽観的に生きてなきゃもう死んでる」
とエリカは笑いながら言った。
「それも正論だな」
カズヤもそう言いながら笑った。
「元気なジンを見てると、なんだか自分が変わった気がするの」
急に真面目な声になってエリカが言った。
「俺らも年食ったってことだよ」
「そうなのね。なんかついこの間みたいに思ってたけど」
「そこまで老けてないよ、俺たち」
「そうかしら」
「うん」
「でも、もう」
「ああ」
「もう彼らにたくす時代だろ」
二人は押し黙る。
花が咲いている。
「ジンは知ってるのかしら」
ポツリとエリカが言う。
「知ってるだろう。もう五年生なんだから」
「そうね」
カズヤは時計を見た。
時計は午後4時になろうとしていた。
「そろそろだよ」
カズヤが言った。
その声には少し緊張が感じられた。
エリカはテーブルの上のカズヤの手に自分の手を重ねた。
カズヤがふと口にした。
「平和だな」
突然ドアの開く音が玄関から聞こえた。
「ただいま‼」
と元気な声が響いた。
カズヤとエリカはその声を聞いてニッコリと笑った。
そして我が子の帰りを迎えるために立ち上がった。
ジンは玄関に立ったままだった。
彼の顔や服は煤や砂を浴びて汚れていた。
それでもはちきれんばかりの笑顔がこぼれていた。
エリカは堪えきれずにジンに飛びついて抱きしめた。
「なんだよ、もう」
母親にハグされ照れているもののジンにはそれがまんざらでもないようだった。
カズヤはそんな二人を一歩後ろから見つめていた。
その顔には嬉しさが隠しようもなくあふれていた。
「よくがんばったな」
カズヤは息子を誇らしく思いながら声をかけた。
「うん」
ジンも嬉しそうに答えた。
その間中エリカはジンを抱きしめていた。
「あっ、そうだ」
そう言ってジンは無造作にズボンの後ろポケットに突っ込んでいたものを取り出した。
「はい、これ」
そう言ってカズヤに渡す。
「凄いな」
受け取りながら言う。
「うん。もちろん」
ジンはあたりまえのように言った
カズヤは手にしたものの重みを感じながら言った。
「よくやったなジン」
「うん」
「ほんと、頑張ったね」
エリカは泣いているのか笑っているのか判別のつかない顔をして言った。
ジンが言った。
「500万だって」
二人はジンの顔を見つめた。
「勝ったよ、トップだった」
それを聞いてエリカはさらに強くジンを抱きしめた。
「どうしたんだよ。いつものことじゃん」
「いいの…」
エリカは少し涙を浮かべながらジンの頭を撫でた。
「泣くなって」
ジンが言う。
「母さんはまだ子供なんだから」
その言葉に二人は笑う。
両親が幸せそうに笑うのを見ながらジンは思った。
(悪くない)
(うん、悪くない)
そしてジンの顔にもようやく本当の笑顔がこぼれた。
ガッコウの巣の上で 昆出威家 @kondeika
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