K県A市T地区集合住宅火災の調査記録

砂走羽(さばねう)

103号室 佐竹 遼平(三十二) SNSにアップされた音声データ

 今から二十年くらい前、小学生の頃。同級生と学校終わりに遊んでました。

 田舎だったし、子供がスマホを持ってる時代じゃ無かったから、おにごっことか缶けりとか、そういうちょっと古い遊びがメインでした。

 山の中にある神社がいつもの遊び場でした。本当に普通のいつも遊んでる、近場の広場くらいの感覚で、雰囲気が不気味とか、お化けが出るとかの噂もありませんでした。

 いつも一緒に遊んでる六人で集まって、その日はかくれんぼをしようってことになりました。

 この日は僕が隠れる方だったんですが、いつも遊んでる神社だから、軒先の下だとか、坂の下の自販機のうしろだとか、だいたいみんなが隠れる場所のパターンが決まってたんです。だから、おにがどの順番で回るかで、勝ち負けが決まっちゃうんです。

 だからその日、僕は友達と“今日は新しい隠れ場所を見つけよう!”って話をしていました。

 おにの子が六十秒のカウントをはじめてから、自分と友達は目線だけで合図して、二人で社の裏に回ったんです。

「どこに隠れる?」

「森の中に行ってみようぜ」

 いつもは親から危ないからやめろって言われてたんですが、その日は新しい隠れ場所を探す、ちょっとした探検みたいな感覚で、緑の濃い山へ入っていきました。

 ざくざくと、小学生の腰や背よりも高い藪を掻き分けて進みました。手入れなんて全然されてない、鬱蒼とした森でした。ここも別に怖いとかは有りません。田舎なので家の近所も森でしたし、山も小さくて、子供でもすぐ降りられるくらいでした。

 遠くからおにの声が聞こえます。

 「じゅーう、じゅーいち、じゅーに」

 僕と友達が“急げ急げ”ってぐんぐん進んで行きます。

 「にーじゅく、さーんじゅ、さーんじゅいーち…」

 しばらく進むと、藪がばっと無くなって、ちょっと開けた、誰かが定期的に手入れをしているようなスペースに出ました。

 そこには周りの木からふた回りも大きいような木が生えてて、その幹を縛り付けるように太くて長いしめ縄が巻き付けられていました。ご神木って言うんでしょうか。多分、社の人が整備しているんだろうなと思いました。

 僕も友達も初めて来た場所だったので、テンションあがっちゃって、“ここに隠れよう”と言いながら大木の裏に回って、しめ縄のされた木に寄りかかって息を潜めてました。

 「ごーじゅさーん、ごーじゅし、ごーじゅごー」

 おにの声が聞こえていたんですが、その時、ちょっとおかしいなと思ったんです。

 普通、森の中にそれなりに踏み入ったら、虫や木々の葉が揺れる音が大きくて、子供の声はかき消えちゃうか、かなり小さく、遠くに聞こえるようになるんです。

 でもその時は、すごく近くからおにの声が、風がないのに声が耳元に届く感じではっきり聞こえてたんです。

 友達はその違和感に気が付かないのか、楽しそうにクスクス笑ってました。

 すると隠れている木の反対側から大きな声がしました。

「もーいーかい?」

 その声は、おにの子が大声を張り上げるようなものでは無くて、まるで、自分たちに話しかけるような声でした。

 ひょっとしたら、おにの子が自分たちの跡をつけてきたのかと思いました。本当にそれくらい近いところから声が聞こえたんです。

「もーいーよ!」

 隣にいた友達が大声で叫びました。

 その瞬間、頭上からざざざっと何かが気を降りてくるような音に合わせて、とっても楽しそうな男の声が近づいてきたんです。

「見いつけた!見いつけた!」

 僕はうっかり、音につられて声のしたほうを見上げました。

 そこには、誰もいませんでした。ただ、“見いつけた!”って声だけが聞こえていました。

 隣にいる友達には、その声が聞こえていないようでした。彼はにこにこしながら僕のほうを見ていました。

 その感じがすごく不気味で、僕は友達に声もかけず、ばっとはじかれたように体を起こし、箸って来た道を戻り始めました。

 とにかく、逃げなきゃ!と思いました。後ろから、友達が自分を呼ぶ声が聞こえました。ただ、その声にかぶせるように、男の声もまだ続いていました。

 僕は振り返らず、藪の中に飛び込みました。草に足を取られて、上手く走れません。

 後ろから、何かがざわざわざわと藪をかき分けて追いかけてくる音がしました。

 最初は友達が追いかけてきたのかなと思いましたが、折れ曲がる藪の高さと、移動してくるものの速さが小学生のものではありませんでした。

 ずずずっと、何かが自分めがけて一直線に向かってくるのがわかります。

 泳ぐように藪をかき分け、やっと社の裏に出ました。

 そのまま走って、自分を呼ぶ友達も無視して家まで帰りました。

 夜になって、一緒に大木の裏に隠れていた友達が、神社に置いたままにしていた僕のランドセルを家まで届けてくれました。

 何度も質問したのですが、彼は森の中で男の声などまったく聴かなかったと言っていました。

 僕はそれ以降、家からあまり出なくなりました。友達とも遊んでいません。外を歩いていると、またあいつに見つかってしまいそう。そう思えて仕方ありませんでした。

 でも、最近思うんです。僕はまだ、おにに対して、“もういいよ”って言えてないんです。

 ひょっとしたらあいつは、家の外じゃなくて、僕のすぐ後ろで、かくれんぼが終わるのを待っているのかも知れません。

 「もういいよ」って言ったら、僕はどうなるんでしょうか。

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