第27話 夕食
その日は一日中ダラダラと過ごした。この島でやるべきことはもう終わっている。受験勉強をしたいところだけど、教えてくれる陽菜はともかく、志乃までいるとなればさすがに集中できない。志乃はそのほとんどの時間をずっとしゃべらずに窓の外に降る雨を眺めていた。
「雨、早く止んでくれないと困るよな」
「わたしはずっとこのままでもいいかな」
「さすがにじっとは困るだろ」
「ううん、そうでもない」
志乃が何を考えているのかは理解しづらく、また考えてもしょうがないと思っていた。
「ねえ、今日の夕食はわたしが作るね。なかつじくん。食べてくれるわよね」
「そうね、せっかくだから志乃ちゃんに作ってもらいましょうよ。今夜がきっと、この島の最後の夜になりそうだから」
「最後?」
「たぶん明日になれば、雨もやむから。そうすればあたしと達哉は島を離れる」
「雨、止まないんじゃないかな?」
「天気予報では明日には台風は過ぎて晴れになるって」
「そう、なのね……少し寂しいわ」
志乃はさみしそうにキッチンへと向かう。
志乃の作ってくれた料理は鯛の煮つけだった。この島に来た初日に冷蔵庫の中にあった新鮮だった魚だ。あの時魚を調理できる人がいれば刺身でも食べられたのだろうがそうもいかなかった。鮮度を失った鯛は志乃の慣れた手つきで甘辛く煮込まれた。
みそ汁ときんぴらごぼう、それにほうれんそうのお浸しが添えられた。
「志乃ちゃん、料理上手ね」
「いつかはなかつじくんのお嫁さんになろうと思って、必死で練習したのよ」
それが皮肉なのか、本気なのか。あるいは陽菜に対する当てこすりなのかの判断はむずかしい。いたずらっぽく笑って見せる笑顔に悪意は感じられないが、その言葉に対して何ら反応を示さない陽菜に対して、僕は少しだけ不満を感じた。自分のほうが絶対的に勝つという自信があるからなのだろうか。
「せっかくのごちそうなんだし、志乃ちゃんも乾杯しようよ」
陽菜が冷蔵庫から缶ビールを三本持ってきた。
「いいのかな? わたし、お酒なんて飲んだことないけど」
「今日はお祝いよ。良いに決まっているじゃない」
「何のお祝いだよ」
「なんだっていいのよ」
僕たちはそれぞれプルタブを起こし、缶のまま口につけた。ビールは苦くてやはりあまり好きにはなれなかったが、志乃の作ってくれた料理は格別に美味しかった。
もういい加減ビールのわずかなアルコールくらいどうってことないと思っていたのだけど、どうしたものだのだろうか。急激に酔いが回ってきたような気がする。頭が少し重くなり、自分の吐く息を熱く感じる。屋根を打つ激しい雨音が耳を打ち、耳鳴りのように頭の中でくぐもっていく。少し、休んだ方がいいのかもしれない。布団のところまで移動する気力も残っていなくて僕はそのまま食卓の上に突っ伏した。なかつじくん、どこ? どこにいるの? そんな声が聞こえてくる。暗い炭坑の中を、白いワンピースを着た少女が衣服を煤だらけにしながら彷徨っている。これは、僕の記憶ではない。きっと誰かの記憶。ゆめをみているんだとおもう。悪い夢だ……
「ありがとう。きっと志乃は素敵なお嫁さんになると思うよ。
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