第26話 志乃にはじめて会った日
あの夏、中辻君はお父さんと二人でこの島にやって来た。当時この島では、人が来ることは珍しくなかったけど、子供が一緒に来ることは珍しかった。
中辻君という男の子がこの島に来ているという話は大人たちから聞いて何となく知っていた。何か訳ありなんだろうと話をしていたのを覚えている。
わたしがなかつじくんのところに行ったのはお昼の頃で、お父さんは多分仕事に行っていたのだと思う。小さな家の中に、中辻君は一人で過ごしていた。
「だれ、きみは?」
「わたし、志乃」
「この島の子?」
「うん」
「じゃあ、一緒に遊ぼうか」
「うん」
わたしはなかつじくんの家に上がり、一緒にいろいろ遊んだ。中辻君は特に花札が好きで、わたしはよくルールもわかっていなかったけれど、きれいな絵を組み合わせるのが好きでそれなりに楽しめた。
その日の夜、この家に帰って来て、中辻君と遊んだ、友達になったという話をしたら、親はとても怒ったの。もう一緒に遊んじゃいけないって言われた。
でも、島には同じくらいの年の子はいなくて、だからやっぱりなかつじくんのところに会いに行ったわ。そうしたらなかつじくんも受け入れてくれて、とても仲よく遊ぶようになった。
だけど、両親たちはわたしとなかつじくんとが一緒に遊んでいることが好ましくないらしいので、わたし達はなるべく家ではなくて、外で遊ぶようにしていた。
森の探索や、海に行ったりして遊んだ。なかつじくんはまだ来たばかりだというのにわたしよりも島のいろんな場所を知っていた。わたしと出会う前はよく一人で探検していたらしい。
わたしはそれまで知らないことばかりで中辻君といることがとても楽しかった。知らない世界を知ることに喜びを感じていた。
「わたし、知らないことだらけなのに。なかつじくんはいろんなところを知っているのね」
「内地に戻ったら、もっといろんなところをしってるよ。今度内地に戻るときは志乃ちゃんも一緒に行こうよ。僕が、いろんなところを教えてあげるから」
「わたし、この島を出たことがないの。お父さんたちもこの島での仕事があるし、ずっと島から出られないような気がする」
「そんなのかわいそうだよ。僕と一緒に島を出よう。内地には、もっといろんなところがあって楽しいんだ。だから一緒に」
「たぶん、ダメだと思う。お父さんやお母さんは中辻君と一緒に遊ぶのをだめだって言ってるし」
「そんなの関係ないよ。そうだ、僕たち結婚しようよ。そうしたら、一緒にいなきゃいけないから、きっと一緒に島から出られるよ。僕も、早くこんな島から帰りたいんだ」
「わたし、なかつじくんのお嫁さんになるの?」
「嫌かい?」
「ううん。そんなことない。すごく、うれしい」
「じゃあ、約束だ」
「うん、約束」
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「悪いけど、まったく覚えていないんだよな」と僕は言った。
「達哉、前にも言ったけど結構ひどいやつだね。女の子にとってはさ、将来結婚するなんて言う言葉は絶対忘れるわけないんだよ。それを、次に島に来た時にはすっかり忘れているなんて、ほんとひどい」
「でもさ、聞いている話だと、僕が最初にこの島に来た時、結構長い期間滞在していたように聞こえるんだけど、あいにく僕には全然記憶がないんだ。それは本当に僕だった? 誰か、別の人じゃなくて?」
「達哉、往生際が悪いよ。志乃ちゃんにはこれだけはっきりと記憶があって、一緒にいた時の写真まである。それを、達哉は忘れているくらいなんだからそういうことだよ」
「それなのに、もう一度なかつじくんが島にやってきて、わたしは会いに行ったというのに、なかつじくんは何も覚えていなくて、島に詳しかったことも全然覚えていなかった。だから、今度はわたしがなかつじくんが教えてくれたいろんな場所を、わたしが案内した。それなのに、なかつじくんは全然思い出してくれなかった」
「うん、その時のことはしっかりと覚えている。僕は、この島のことは全然知らなくて、志乃が色々な場所を探検して教えてくれるのがとても楽しかったんだ。
あれ、でもまてよ。確か僕があの炭坑で気を失った時、島の人たちはみんな志乃のことを知らないって言ったんだ。でも、僕が最初にこの島に来た時には、志乃は家でお父さんとお母さんと一緒に住んでいたって言ったよね?」
「最初の時はそうだった。でも、二回目の時はもう、わたしのお父さんとお母さんはこの島に住んでいなかったから」
「いやでも、島の人たちが志乃を知らないっておかしくないか? 写真を見る限り、この写真の僕たちは二度目にあった時とそんなに何年も変わら異と思うんだけど、なのに島の人たちが皆覚えていないなんて」
「たぶん、本当は憶えていたんだと思う」
「え?」
「みんな、わたしのことを知らないふりをしていただけ。そのほうが、島のみんなにとっては都合がよかったから……」
「どういうことだ? 志乃は、島の人たちによく思われていないのか?」
「……」
「達哉、もういいじゃない。志乃ちゃんにだって事情はあるんだろうし、余計なことまで首を突っ込まなくたって」
「うん、それはまあ、そうなんだけど……」
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