第24話 青い光

僕たちは鳥居の前で手を合わせた。その事件についてはほとんど何も知らない僕たちだが、それをしないという選択肢はなっただろう。


「それじゃあ、帰ろうか」


 僕たちは振り返る。通路は狭いので、今度は陽菜が先頭に、僕がその後ろをついて行くことになる。REDの懐中電灯を陽菜に若し、ゆっくりと歩いていく。


 距離的には、おそらくあの防火扉の付近まで帰ってきたところだろうか。


 突然、懐中電灯の照明が消え、真っ暗になった。


「あれ、またやっちゃったかな」


「どうした?」


「うん、なんか壊れた? 調子悪いみたい」


 何も知らない人からすれば、これもまた怪異譚として恐怖を覚える出来事なのかもしれない。だが、僕と陽菜はこのような経験は何度もしている。

 いわゆる、心霊スポットなどと言われる場所の多くはもともと磁場が悪いのだ。

 いや、『磁場が悪い』という言葉も誤解を受けるかもしれない。地層や鉱物の影響、あるいは電波なども影響して、その付近の磁力に狂いが発生しやすい土地はいくらでもある。そういう場所にひとや動物がいけば脳波に影響を受けて幻覚や幻聴を引き起こすし、方位磁石を狂わせたりもする。そして当然電気を使った道具は壊れやすかったりするものだ。ましてやここは炭鉱であり、鉱物の影響で磁場がくるっている可能性は大いにある。これまでの探索でそういう経験は何度もしてきた。


「ちょっとこれ持ってて」


 その言葉に反応するように、つないでいた手を離した僕は両手で手探りをして懐中電灯を受け取った。手元で触ってみるがやはり照明は付かない。


「これでよし」


 陽菜の声とともに、あたりがまたぼんやりと明るくなる。ポケットから取り出したスマホの照明で前方を照らす。ぼんやりとした暗闇の中に白い手がさし伸ばされ、僕は陽菜の手を取った。またゆっくりと歩き出す。

 正直な気持ちを言えば、もう少し早く歩いてほしいと思っていた。

 誰もいないはずの背後から人の気配がするのだ。暗闇では錯覚しやすことだというのは承知している。それでもなんだか背中の方に熱を感じている気がしてならない。

 僕はつないだ彼女の手を前に押し出すようにして通行を急かす。彼女もそれを感じ取ったのか、やや足ばやで炭鉱を抜けた。


 炭鉱を抜けると、外は暗くなり始めていた。それほど時間がかかったつもりではなかったが、もうそれなりの時間のようだ。見上げる月明かりと星屑は、まだ帳がおり切っていないにもかかわらず全天を覆いつくすほどに見事なものだった。懐中電灯を失ったものの、スマホの光は役に立っているのかどうかも怪しい。

 荒廃した窪地を通り抜け、森へとつながるトンネルに差し掛かる。トンネルに入ると月明かりが届かず、再び真っ暗になる。

 スマホの明かりをかざして前に進む陽菜。少しして立ち止まり、「え、嘘でしょ」とつぶやいた。その理由は考えなくてもすぐにわかった。


 トンネルの中、繁みの生い茂る上空に、ふたつ、いやみっつの青白い光が浮かんでいる。それぞれの光が、まとまりなく動きつつも互いに絡み合っているように一定の距離以上ははなれない。


「青いホタルだ」


「蛍と決まったわけじゃないよ。昆虫なのか、それとも実態を持たない可能性だってある」


 陽菜はスマホのライトを消し、ビデオカメラモードに切り替える。あたりはまた靄暗闇に飲まれるが、青白い光だけがはっきりと見える。

 陽菜は僕の手を放し、誘われるように歩いていく。

 僕は陽菜の後ろをついて行く。


 光が、四つ、五つと増えていき、逃げて行くそれら光源を追うように陽菜は足早に繁みをかき分けて進む。


「陽菜、危ないから気を付けて」


「しっ、静かに」


トンネルを抜け、全天の星空と月明かりであたりが見えるようになったが、陽菜はそれどころではなかった。


七つ目の光が、突如陽菜のすぐ近くに浮かび上がったのだ。手を伸ばせば届く距離。


彼女は踏み込むように手を伸ばした。


青い蛍に触れたかのように見えた瞬間、ザザッとという音ともに、陽菜は叢から足を滑らせた。その先は断崖絶壁だ。七つの青白い光が嘲笑うように空中を舞う。


僕の伸ばした手が間一髪、彼女の手首をつかんだ。


「あり、がとう……」


「まったく。もう二度と僕の手を放しちゃだめだよ」


 崖から這い上がり、二人で離れたところを舞うホタルを見た。


「昆虫ではなさそうだね」


「実態はなかったよ」


 陽菜が、捕まえたはずの手を開いて見せた。そこにあるのは草むらを滑った時の槌汚れだけだ。


「じゃあこの光はなんだ?」


「本当の怪異だろうね。あるいは……」


「あるいは?」


「見たら幸せになるのではなくて、幸せな人だけが見えるナニカ」


「幸せな人にだけ見えるか。確かにそういう考え方もできるかもしれない」


 子供の頃、あの炭鉱でそれを見た際、確かに僕は幸せを感じていたのかもしれない。今に関して言えば、言わずもがなだろうか。

 もしかすると、『恋をしていると見えるナニカ』という可能性も考えてみたが、それは口には出さなかった。

 僕はこれを二回見た希少な人間であって、その二階の共通点は恋をしている時、そして手をつないでいる時だ。確か、恋愛物質とも言われるオキシトシンは、好きな相手とのスキンシップによって多く分泌されるとか。そうであれば、この現象を見るのにオキシトシンが関係しているのかもしれない。


「ああ、消えちゃったね」

 陽菜が少し寂しそうにつぶやく。


「結局正体はわからずじまいか」


「まあ、仕方ないわ。世の中には、少しくらいわからないことがあったほうが幸せなのよ」


「なんだそれは?」


「知っている人がそう言っていたの」


「知っている人って?」


「あ、もしかして嫉妬した? 全然そんなんじゃないよ。単なる先輩だから」


「ならいいけど」


「あたしの恋人は君だよ。中辻達也君」

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