206話~決戦前夜~

王都の正門を出ると、少し野原が広がり、道が東西南北に分岐している。

道を西へ進み、海岸線に出る前にもう1度西へ真っ直ぐ進むとスタット村に到着する。

そして海岸線まで出て西へ進むと途中から森の道になり、ツアイアル山に着く。


ツアイアル山は天上界でもっとも面積の広い山で、エルン南方からスールム国を両断し、ジールド・ルーン国の中心まで伸びているらしい。


「この山を渡れば簡単にエルンに来れるのでは?」

と優人は一瞬考えたが、この山に登り“意味不明の死”を遂げた者が少なからずいるため、山の高所には行かない決まりになっているという。


さらにスールムとの国境の砦も、この山の中腹にあったと後で優人は知らされる。


そしてもう1つ。

ツアイアル山のスールム国領には、エルザの神獣『カーバンクル』が住み着いているという噂もある。


カーバンクルは自ら攻撃を仕掛けることはないが、全ての攻撃を反射する能力を持つらしい。

魔法や飛道具だけでなく、接近戦の物理攻撃すら反射する。


加えてこの反射効果は地形にも反映され、見つかると前に進むことすらできず、“歩くための地面を蹴る衝撃”を延々と自分が食らい続けるらしい。


麒麟もそうだったが――神獣の存在は反則レベルで強い。


こういった理由で、ツアイアル山を移動に使う人間は1人もいないらしい。


* * *


王都の正門前は広い野原となっている。

その野原の真ん中を石で舗装し、馬車の通れる街道として整備されていた。


「……?」


優人は、野原の遠くでしゃがみ込んでいる司祭服の女性に気付いた。

ゆっくりと歩いて近づき、声をかける。


「シリア?」

声に気付いたシリアは振り向き、優人に微笑む。


「優人さん。目覚めたんですね?」


「ああ」


優人はシリアの横に立ち、彼女が眺めていたものに視線を落とす。

そこには、底の見えない深い絶壁――不自然なまでに真っ直ぐな崖があった。

横幅は約20メートルほど。

長さもかなり長く、西へ向かう際に橋を渡った記憶がある。


「崖? こんなものに興味があるんだ?」


優人は崖に近付き、下を覗きこむ。


地盤沈下にしては長すぎる。

大陸プレートの問題……それも違う気がする。


優人は崖の正体が気になり、周囲の石や土を触りながら質を確かめはじめた。

そんな優人を見て、シリアがクスッと笑う。


「これは、神話の時代に大地神ガイアとジハドが戦った際に生じた“ジハドの斬撃跡”らしいです」


「ガイア?」


優人は、地上界で聞いた大地母神の名を思い出した。

大地そのものを象徴する存在だった記憶がある。


だが――ジハドと戦った?

ガイアは悪い神だったのか?


「はい。

大地神ガイアは“天上界と地上界を分ける”という提案をし、それにジハドが反対したことで戦闘になった神です」


「天上界と地上界を分ける?

元々この世界は1つだったの!?」


優人の疑問に、シリアは静かに頷く。


「はい。元は1つの世界でした。

しかし、進化を続ける“猿の亜人”を危惧したガイアが、世界を分離しようと提案したのです。

ですが空間を強引に歪めれば世界に大きな負担がかかる、とジハドは反対し――

その結果、神話に語られる戦いが起こったといわれています」


「空間を強引に歪める……。

だから地上界の死者がここに飛ばされるとか、変な現象が起きてるのか?」


「真相は分かりません。

私も聖書に描かれた神話は“物語”としてしか信じていません。

この斬撃跡も……こんな力、想像がつきませんし」


シリアは寂しげに崖を見つめる。


「ジハド、ジハド言ってる割に意外とドライなんだな?」


優人の言葉に、シリアは愛想笑いを返す。


「ええ。ジハドに憧れていますし、功績を誇りに思っています。

でも……“神話の英雄”は実在しない夢の存在だと思うようにしているんです。

夢を見ているだけの女なのかもしれませんね」


その横顔は、妙に儚く見えた。


優人は野原を見渡し、片手サイズの石を拾い、シリアに渡す。


「えっ? 石……?」


「ああ。石だ。

石ってゴツゴツしてて角が尖ってて危ないよな?」


「ん……」

シリアは困惑しながら石を見る。

手渡された石は丸みを帯びており、危険ではないからだ。


その様子を見た優人はニヤリと笑った。


「なんでこの石は丸いか、悩んでるのかな?」


「え、ええ。石って色々形がありますし……」


「じゃあ、なんでだと思う?」


優人の問いにシリアは答えられない。

少し待って、優人が説明する。


「石は最初はゴツゴツしてる。

でも、長い年月の間、雨や風に打たれて角が取れて丸くなるんだ」


「そうなんですね……」


シリアはほっとした表情を見せた。


「じゃあ、上級問題だ」


優人は崖の石を1つ、元素魔法で切り出して渡す。

土に埋まっていた側はゴツゴツ、しかし崖側は不自然なほど綺麗に平らだ。


「どうして崖側だけ綺麗に平らなんだ?」


シリアは再び困惑する。


優人は静かに言った。


「おかしいんだよ、この崖は。

自然現象では説明がつかない。

矛盾だらけだ」


「どうして……矛盾が生まれたんですか?」


「分からない。

自然にこんなに綺麗に割れるなんてありえない。

もし誰かがやったのなら、バケモンみたいな力を持つ存在だ。

広範囲に、こんな崖を作り出すんだから」


「ジ……ジハド……ですか?」


シリアは震える声で尋ねる。


優人は考えるように顎に手を当て――


「さっき神話にそんな話があるって言ってたよな?

他に心当たりがないなら、その可能性が1番高いと考えるのが道理じゃないか?」


と淡々と返す。


シリアの瞳が一気に輝いた。


優人は続ける。


「地上界の学者ってのは、矛盾を見つけて“仮説”という名の妄想を堂々と語るんだ。

でもその妄想が新たな発見に繋がって、結局は真実に辿り着く。

じゃあ聞くけど――この崖は何故できたんだろう?」


「ジハドの斬撃です!」


シリアは嬉しそうに答えた。

優人は満足気に笑う。


「なるほど。

こんな力があるなら、赤竜王アムステルを抑え込むことも可能かもな。


ここは近いうち戦場になる。

危ないから魔法兵団のところに戻れ」


優人は正門に向かって歩き出した。

シリアも渡された石を大事そうに抱え、小走りでついていく。


「この石、いただいても良いですか?」


「そんなもん、どこにでもあるけどな……」


「この石が良いんです。

“斬撃の証”を知った始まりの石ですから」


嬉しそうなシリアに、優人は黙って頷いた。


「綾菜も……いつもこうして優人さんに元気付けてもらってたんですかね?」


いたずらっぽく尋ねるシリアに、優人は照れてそっぽを向く。


西へ沈む赤い太陽が野原を照らし、草木が風に揺れてサラサラと音を奏でる中――


優人はふと考えた。


シリア……意外と素直じゃねぇな……。

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