92話 ~かく乱情報~

時刻は4時を回った頃だろうか。

優人はすでに10張りのテントを襲撃し、その中にいた100人以上を葬っていた。


時折、寝返りの拍子に目を覚ます者もいたが、寝起きで動けるはずもない。

一瞬で喉を突かれ、横一文字に斬り払われて終わりだった。


地上界で「百人斬り」といえば強さの証のように語られることもある。

だが――今の自分の百人斬りはどうだ。

優人は心の中で乾いた笑いをこぼす。


――10人に8人は「卑怯者」と罵るだろうな。


正面から剣を振るって突破できるような力は、自分にはない。

シンならどうだろう。

あの男なら、本当に8,000人を正面から叩き潰してしまう気がする。


一度戦った優人だからこそ分かる。

シンの強さは、人の領域をとうに超えている。


シンの強さを正義と呼ぶなら――俺の強さは悪かもしれない。

だが、結果は同じだ。


優人はそう開き直り、淡々と作業のように暗殺を繰り返した。


暗殺人数が50を超えたあたりから、優人にも疲労の色が滲み始める。

どれだけよく切れる居合刀であっても、無抵抗な相手を殺すという行為は神経を削る。


最初のうちは周囲を警戒し、慎重に動いていた。

しかし、疲れと慣れが積もり、次第に注意が甘くなっていく。


――そして、15張り目のテントに入ろうとした、その時。


「何をしている?」


不意にかけられた声に、心臓が跳ねた。


「そこはお前のテントじゃないよな?」


雨に濡れた男が歩み寄ってくる。


「あ……」

優人は不意を突かれ、言葉を失う。


「まだ朝早いしな。大方、トイレの帰りに間違えたんだろ? この雨だしな。」

男は空を見上げ、気楽な声で笑った。


「ああ……同じテントばかりで迷ったんだ。」

優人は相手の油断を感じ取り、冷静さを取り戻す。


「今日はこんな雨だし、いつもの朝礼は無さそうだな。外に出るのなんて、トイレくらいのもんだろ。

ほら、他の連中も誰一人、表に出てきちゃいない。」


――雨で朝礼が中止?

テントから誰も出ないことを不思議にも思わないのか?


……戦場だぞ、ここは。


優人は男の呑気さに驚きを隠せなかった。

籠城攻めとはいえ、ここまで緊張感がないものなのか。


「ここ、戦場なんだけどな。こんなんで大丈夫か?」

戦争への意識を探るため、優人はわざと尋ねた。


「ははは!」

男は軽く笑い、答える。


「籠城攻めなら俺たちは何もしなくていいらしいじゃないか。

説明でも言ってたろ? キャンプしてるだけで月10万ダームもらえるって。」


その言葉で、優人は合点がいった。

彼らの狙いは、力押しではなく数で威圧し、聖騎士たちを飢えさせて降伏させること。

だからこそ、金で集めた民兵を大量に抱えているのだ。


10倍の兵に囲まれれば、誰だって逃げ場がないと思う。

兵の質など調べずとも、数だけで砦を封じ込める――そんな作戦。

そしてジールド・ルーンの戦力を砦に釘付けにし、その間に海戦で追い詰めるつもりなのだろう。


――スールムには、頭の切れる軍師がいる。


だが、同時に優人は少しだけ安堵する。

この作戦は、今回の自分の策とは最悪に相性が悪い。

つまり、優人にとっては追い風だった。


「ちなみに、民兵って何人ぐらいいるんだ?」

調子に乗ったふりをして、さりげなく戦力の内訳を探る。


「え? 確か……5,000人じゃなかったか? それに傭兵が500、スールム兵が2,500って聞いたけど……。」


男は躊躇なく、軍事機密を口にした。


――傭兵500。傭兵の動きが鍵になるな。


優人は頭の中で戦況を整理していく。


「それより、こんな雨の中で迷うのもきついだろ? このテントで少し休んでいくか?」

男は心配そうに優人を見た。


「いや、大丈夫だ。ありがとう。」


――その時だった。


「おい! 人が死んでるぞ!!」


遠くから大声が響く。

優人は身を硬くし、先ほどまで話していた男と共に声の方へ駆けだした。


最初に優人が仕留めた兵士の周りには、人だかりができていた。

兵士らしき男が遺体を調べ、死因を声にする。


「鋭い武器……切れ味のいい刃物で首を突き、一気に横へ払ってるな。

暗殺慣れしている奴かもしれん。この中で、不審な奴を見た者は?」


男が隣で小声で聞いてくる。

「不審人物かぁ……お前、何か見たか?」


「いや、見てないな。」

優人は淡々と答えた。


――お前の横にいる俺が一番怪しいだろ……。

心の中でツッコむ。


ざわめく人々。

返答がないのを確認した兵士が声を張り上げた。


「これより単独行動を禁止する! 命令違反はその場で斬る!

犯人が見つかるまで朝食抜きで探せ!」


「おい! テント内が全滅してるぞ!!」


別の兵士の叫びに、場が一気に騒然となった。

遺体を調べていた兵士もそのテントへ駆け出す。


「くそっ! 雨音に紛れて、早朝を狙って来やがったか!」

スールム兵が怒りを露わにする。


「戦闘の基本を分かってやがる……10人殺されてるってことは、かなりの手練れだな。

被害を確認して、すぐに上に報告だ!」


――報告が先だろ! 被害調べは民兵にやらせろ!


優人は心の中でまたもツッコむ。


「二人一組で各テントを回れ!」

兵士の指示で民兵たちは散り始めた。


優人は先ほどの男とペアになり、見回りを続ける。

まだ入っていないテントへ向かい、中を覗くと、起き上がったばかりの民兵が3人いた。


「おい、殺人があった。警戒しろ。」

男が前に出て3人に声をかける。


……悪いやつじゃない。けど、ここは戦場。俺とお前は敵同士だ。許せ。


心の中でつぶやき、優人は背後から心臓を突き刺した。


ブスッ。


「か……かはっ……!」


「ここは戦場だ。」

短く言い、刃を右へ払う。

血飛沫を上げながら、男は倒れた。


「な……何をしているんだ!?」

3人が優人に詰め寄る。


優人は黙って踏み込み、喉を突いて横一文字に払った。

その勢いのまま右の男を切り捨て、構え直して最後の1人を突き刺す。


バタバタッ――。


テント内の4人が同時に倒れた。


死を確認した優人は近くの荷物を拾い上げる。


「敵襲だ!!」


拾った荷物をテントの逆側に投げつけながら、大声で叫ぶ。


外にいたスールム兵たちが一斉に駆けつけてきた。


「敵か!?」


「ああ! テントの壁側から出て行った。でかい盾と剣を持った大男だ!」


兵士たちは優人の指さした先を見る。

荷物でめくれたテントの下――そこから逃げたと思い込んだらしい。


「あそこから出たな……でかい盾と剣……おそらくシンだ!」


その言葉に、優人は心の中でニヤリと笑う。


シンとはまったく似ても似つかない自分を、兵士たちは勝手に勘違いしてくれた。


「シンなら、早く態勢を整えなければ! お前たちはここで集まって備えろ!」

兵士は叫び、本陣へ走り去った。


その背中を見送りながら、優人は本陣の方角を確認する。


兵士が離れた今――また、自分の独壇場だ。

優人は命令を無視し、再びテントを狙う。

今度は全員起きており、難易度は段違いに高い。


ここからは、本当の意味での死闘になる。

優人は刀を握る手に力を込め、改めて気を引き締めた。


* * *


スールム国・本陣。

朝食を取っていた幹部たちのもとへ、兵士2人が慌ただしく駆け込んできた。


「緊急報告です!! シンが……シンが攻めてきました!!

被害状況は確認中。民兵には警戒を呼びかけて参りました!!」


5人の幹部の前で、兵士が大声で報告する。


「……シンだと? どういうことだ、カルマ。」

本陣中央に座る、一番高位らしい男が口を開いた。


「おそらく誤報かと。シンは今、フォーランドで、ありもしない私の灰を探しているはずです。

3日前に確認したばかりで、物理的にここへ来ることは不可能です。」


カルマはその男に答え、今度は報告した兵士へと視線を移した。


「シンの姿を直接確認したのですか?」


「い、いえ……民兵からの報告です。」

兵士は深く頭を下げる。


「民兵か……その民兵の所属部隊と、その部隊長は?」

カルマの問いに、兵士は言葉を詰まらせた。


「あ……。」


沈黙。幹部たちの顔色が一気に険しくなるのを、兵士は肌で感じる。


「も、申し訳ございません! ですが、スールム兵のマントを着けていました!」


「マントなどいくらでも盗めるでしょう。その男が怪しい。連れてきなさい。」


カルマの冷たい視線が突き刺さる。

兵士2人は「はっ!」と返事をし、慌てて民兵の待機テントへと駆け戻った。


「ふん……民兵なぞ使うからこうなるんだ。カルマ、どう責任を取るつもりだ!」

隣に座っていた無精ひげの男が、カルマに食ってかかる。


「ガーランド将軍。お言葉ですが――

あの聖騎士どもを数か月も閉じ込めたのは、私の籠城戦の成果ではありませんか?」


カルマは目を逸らさず、きっぱりと言い返す。


「スールム兵だけでやれば良かったのだ!」

ガーランドが立ち上がり、怒声を張り上げた。


「国の貴重な兵力を、こんな作戦で消耗させる方が愚かでしょう。

この籠城のおかげで、海戦ではジールド・ルーンを苦しめられているのでは?

――問題は兵士たちの教育不足です。」


カルマの言葉に、ガーランドの目が険しさを増す。


「責任のなすりつけ合いはもういい。策はあるのか?」

2人の間に割って入ったのは、一番高位の男――ソイル殿下だった。


「はい、殿下。

敵は我が軍の混乱を狙い、兵になりすまして情報操作をしているのでしょう。」


「ふむ……。」


ソイルはカルマの言葉をじっと聞き、顎に手を当てる。


「まずは犯人を炙り出すため、被害が出た民兵の周辺のテントを焼き払います。

500人ほどの犠牲は出ますが、そこで終わります。

その間に、新しい合言葉を徹底しましょう。

『ソイル殿下に』と言えば、『栄光を』と答える――これを守れない者は敵とみなします。」


「……ふむ。敵の目を欺きながら火の中を抜けるには時間がかかる。

その隙に合言葉を徹底させ、守れぬ者は容赦なく斬る。

逃げ遅れた者は焼け死ぬか、言えずにばれるか――そういうことだな。」


「はい。」


「その策でいこう。民兵には悪いが、大義のために犠牲になってもらう。」


ソイルが命じると、伝令兵たちが次々と駆け出していった。


その中で、1人だけ黙って拳を握りしめる幹部がいた。


――国の民の命を、何だと思っているんだ!


スールム国の籠城作戦を指揮してきた1人の騎士、シュダムだった。


* * *


優人と綾菜の距離――残り9.4キロ。

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