35 帝国の影

 魔法使いのボクと剣聖のクボちゃんを乗せて、二騎のカディールは砂漠地帯を東の王都を目指してひた走った。

「いやぁぁぁん、吐きそう」

「待って、クボちゃん。吐くのは待って」

 車酔いならぬカディール酔いが酷いクボちゃん。今にも吐きそうだ。

「ヒール!」

 ボクはすかさず回復魔法を放った。

「ううう、もうダメかもしんない。むーりぃー」

 回復魔法が効かない、だと?

 状態異常というものだろうか。しかし毒でもないしなあ。

「うっ……おろろろろろろろろ」

「……!」

 クボちゃんの口から吹き出した酸っぱい香りのするゲロが、太陽の光を浴びてキラキラと輝きながら、カディールを駆る王国教会からの使者の全身にあびせられた。

「うへぇ、勇者さまぁ、勘弁してくださいよう」

「うう、ご、ごべんだざい……うっ」

 続いて第二波。

「ひいっ!」

 とにかく今は時間が惜しい。使者の方も気にはしつつも、そのままカディールの速度を落とさずひたすら走りつづけた。

「エリアヒーリング!」

「ヒール! ヒール! ヒール!」

 クボちゃんの状態異常には効かないようだが、とりあえずヒーリング魔法をかけ続けた。使者の方とクボちゃんの服に飛び散ったゲロは浄化されて綺麗な水分になり、そして衣服は砂漠の熱い空気と強い陽射しですぐに乾いた。

 そのまま東へ……王都を目指して二騎のカディールは走り続けた。

「おろろろろろ!」

「ああっ、またぁ……」


 ノンストップで走り続けた甲斐もあり、ボクらをのせた二騎のカディールは、夕方には森の入口の駅伝馬車のあるギルド支部に到着した。

「うう、やっと休憩ができるのね……」

「勇者クボさま、大変心苦しいのですが、すぐに出発です」

 教会使者の男が、安堵していたクボちゃんにそう告げると、ガクッと肩を落として呟いた。

「もう……無理……」

「クボちゃん、効果があるかどうかは分からないけど、これ……」

 ギルド支部の受付嬢からもらった回復系と乗り物酔いに効く二つのポーションをクボちゃんに手渡した。

「ありがとう」

 ゴッゴッゴッゴッと喉を鳴らして二つのポーションを一気に飲み干した。量としては五〇〇ミリリットルのペットボトル二本分位なのだけれど、クボちゃんはあっという間に飲み込んだ。すると身体が緑色に光った。どうやら効いたようで、クボちゃんの顔色も良くなった。

「さぁ、高速駅馬車を待たせています。すぐに出発しましょう!」

「むりぃ……」

 ここからは高速軽ワゴン馬車で一気に森を抜けて王都に向かう。

 しかし、「高速」というワードが気になる。下手したらカディールより酷い揺れがあるかもしれない。


 高速馬車を飛ばして二時間位が経過した頃。以前の鈍行馬車なら二、三日はかかったであろう行程をあっという間に進んだ。しかし森林地帯も残り四分の一ほどの場所で、街道を塞ぐように何か作業をしている集団に出くわした。

「……!」

 甲冑兵だ! それと帝国の警備兵の制服を着た男もいる! なんでこんなところに帝国兵がいるんだ? それともう一人、仮面をつけた背が高く黒い長髪の男がいた。腰に剣をぶら下げている。剣士か?

 よく見ると縄で縛られた複数の少年少女を馬車に乗せようとしていた。まさか転移者か? 帝国兵が誘拐を?

 それにクボちゃんが気が付き、ボクに声をかけてきた。

「ちょっとシノちゃん、あれってもしかして帝国の甲冑兵じゃない? それに剣士のような男も……」

 クボちゃんは馬車を降りようとした。だが相変わらずの馬車酔いで足元がおぼつかない。へろへろだ。

「待って。いま回復魔法をかけるから……」

「ありがとう、シノちゃん……」

「ヒール!」

「あと、ギルドの受付嬢からもらった乗り物酔いのポーションも飲んで!」

「うん、ゴッゴッゴッゴッ、ふぅ……」

 魔法使いの帽子をかぶり、ボクも馬車を降りた。

「ちょっと危ないですよ。やり過ごしましょう」

 馬車を運転していた王国教会の使者の男がそういってボクを引き留めようとした。だが、転移者だったら見過ごせない。

「いや、元日本人の転移勇者候補かもしれない。このまま帝国に連れていかれたら大変です。それに剣聖勇者のクボちゃんと、魔法使い勇者のボクの二人でかかれば大丈夫」

「そうですか? あまり無茶をしないでくださいね。私の仕事は、お二人を一刻も早く無事に王都の教会まで連れ帰ることなのですから」

「シノちゃん! 甲冑兵たちがこっちに向かってくる!」

「しまった! 見つかったか……」

 転移者かもしれない少年少女たちを馬車に乗せていた帝国兵たちが、ボクたちの馬車に気が付き近寄ってきた。

「おい、お前ら……王国の人間か?」

 クボちゃんが、そこらに落ちていた木の枝を手にとった。

「剣聖クボちゃん参上!」

 手にした木の枝を片手で振るった。

 するとその木の枝はたちまち、青白い光をまとった輝くロングソードとなった。

 ああ、以前港町で見たクボちゃんの特殊スキルだ。

 その一太刀は衝撃が走り赤黒い炎が大地を引き裂いたものだったのだが……。



          ―― つづく

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