第17話 モラ夫は、聖人君子の皮をかぶったモンスターでした。た

義母は立派だった。でも、息子は違った。

モラ夫の母――つまり元義母は、実に立派な人だった。

社会人としての責任感、家庭人としての清潔感、もう教科書レベル。

今でも頭が上がらない。


……が。


そんな義母に育てられた息子、すなわちモラ夫は──だいぶズレていた。


子ども時代、彼の家では「NHK以外=悪」。

民放のアニメもジブリも、お笑いも、全部排除。

性教育の“せ”の字もNGだったらしい。


しかし、彼の姉はまともだった(仲もよかった)のが謎だ。漫画やお笑いの知識もある。家のルールが特に厳しかったのではなくて、やはりモラ夫が変だったかと。


モラ夫は「下品は悪」「猥談は罪」。

そんな思想でピュア培養された結果、浮世離れした真面目人間が誕生した。


初めて出会ったときの彼は、まるで“聖人君子の皮をかぶった孤独な信仰者”。

いつも薄く鬱の気配をまとっていた。


私が「漫画、面白いよ」とすすめても、「それって教養あるの?」と真顔で返してくる。

いや、そういう話じゃないんだよ……。


でも当時の私は、「この人に笑顔を取り戻してあげたい」なんて思ってしまった。

恋って、ほんとバグ。


そして結婚。

そこから地獄のフタが開いた。


私は初めて知ったのだった。

“性を遠ざけて育った人間が、性を解禁するとどうなるのか”という現実を。


知識ゼロの彼は、大人向けビデオで仕入れた「快楽の作法」をそのまま信じていた。

「女性って勝手に気持ちよくなるんでしょ?」

──そんな幻想を、本気で。


その日々の中で、私は次第に「私が悪い」「私が欠陥品だ」と思い込まされていった。


でも後になって知った。

「射精障害」や「誤った自己流での感覚麻痺」という現象の存在を。


……ああ、やっぱり私のせいじゃなかったんだ。


けれど彼にとっては、「快楽を感じられない自分」=「妻に魅力がない証拠」だったらしい。

いや、全部ズレてる。


……だから私は決めた。

モラ夫みたいな人間を、二度とこの世に送り出してはならぬ。


いま私は、ふたりの娘を育てている。


下ネタも笑いも、恥ずかしい話も、ぜんぶオープンに。

正しい知識と、正しい自由を、ちゃんと渡したいと思っている。


結果、我が家の小2は、毎日しょうもない単語で爆笑している。

……うん、ちょっと開放しすぎたかもしれない。


でも銀魂は語彙力がつくし、よしとする。


モラ夫は、私を「格下」だと思っていた。

でも今振り返ると、ちょっと笑える。


だって彼のほうが、よっぽど不自由で、不器用で、不幸だったのだから。


私は、自己肯定感を取り戻した。少し。

娘たちと、毎日笑って生きている。


あのときの地獄すら、今ではネタにできる。

それだけでも──ちょっと勝った気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る