第3話 次期侯爵家当主の肩書を持つ娘

 フェリアは、グリーフィルド家を背負う運命を持って生まれた。母はフェリアの出産後、子が産めなくなったため、一族の期待はフェリアが一身に受けることとなった。

 

 もとより、グリーフィルド家は堅実な家で派手なことは嫌う。

 しかし、母である侯爵夫人はその昔社交界でかなり人気のあった令嬢と聞く。

 少女のころは目立たなかったが、大人になり、年相応の装いをすると一気に大人びて妖艶な女性へ変貌を遂げ、世の男の心を虜にした――というのは、母一人をこよなく愛する父の言である。そんな父は、真面目で実直なその性格のまま、真っ直ぐに母に求婚し、母はそんな父の真面目さに心を惹かれて結婚した。政略的な意味も多大にあったが、そんな中でも恋愛色が強い婚姻だったと聞く。


 フェリアはその母によく似た凛とした佇まいの、どちらかと言えば大人びた顔立ちである。父譲りの侯爵家の髪と瞳の色は、明るく柔らかな色ではなかったから、よりそれは強調された。


 子供の頃から後継者として育てられたフェリアは、色恋などに浮ついた気持ちを持つ暇があまりなかった。かといって父と母のような間柄に憧れがなかったわけではない。

 ただ、自分の容姿が、男性の目に好意的に映る女性ではないことも理解はしていた。

 

 フェリアが16歳になり、学園に入学したとき、婚約者のアランは最終学年に在籍していた。アランの学園での在り様は、それまでも噂で耳には入っていた。フェリアはせめてもう1つ学年が違えばよかったのに、と思わなかったわけでもない。

 そうして同じ学び舎に1年だけ共に在籍することとなった婚約者同士は、それぞれ学園内での接触を極力避けた。

 別に示し合わせてそうしたわけではなかったが、もとより学年が違えば会おうとせねば会えるわけもない。偶然すれ違うことがあっても目線を合わせて軽く会釈するだけで、会話は交わさない。

 何せ、アランは常に人に囲まれている。そしてその中に入っていくほど、フェリアは彼に対して執着があるわけでもなかった。


 後継者教育を受けているフェリアは、マクドエル伯爵家との婚姻が自身の家にもたらす利益をよく理解していた。父は文官で王城に出仕している。実質グリーフィルド家を取り仕切っているのは母である。


 どちらかと言えば、この婚姻は、グリーフィルド家より母の実家の伯爵家に利を齎すものだ。母の実家は現在、母の弟が継いでいる。しかし、後継者がいない。流行り病にかかった折に子供ができない体になってしまったからだ。フェリア以外に母に子がいれば、実家へ養子に出すことにしたであろうが、その母も子を産めなくなってしまった。

 そこで、互いの一族とも話し合いの上、フェリアに子が二人以上できた場合は、一人に母の実家である伯爵家を継がせることとなったのだ。

 もともと両親の婚姻は、グリーフィルド侯爵家が農地を持つ伯爵家を派閥に取り込むことが目的であった。フェリアの子が継ぐことでより強固になることはグリーフィルドにとっても利のある話である。

 そこで、マクドエル家である。彼らは手広く商売をしているため、グリーフィルド側は広い農地から採れる農作物の販路が確保できる。王城に勤める文官で多くの領地を持たないグリーフィルドではあるが、古く長い歴史を持っている。マクドエル家としては、家名の箔も手に入り、さらに農作物を持つ伯爵家の販売権も取れるとあって、フェリアとアランの婚約はマクドエル当主の悲願であったと思われる。


 そういう事情を幼い頃からたたき込まれたフェリアは、アランが仮令どんなことをしようとも、家同士に不利にならない限り、婚約は解消されないと理解していた。

 ただ、。グリーフィルドと縁を繋ぎたい家は、マクドエルだけではないのだ。

 そして、フェリアから見たアランという男は、そこはきちんと理解していると思えた。

 どのみち、婿に入る側が本妻を差し置いて最愛を囲うなどということは出来まい。そうであれば、婚姻までの一時の遊戯。フェリアは一連の彼の行動をそう見ていた。

 

 

 フェリアは、先日目にした自分の婚約者のまるで舞台かのような一幕を思い出して溜息をつく。

 あの時彼が言っていた台詞は、彼が普段相手にしている令嬢たちには台詞だったからだ。


 あのまるで笑顔の仮面を張り付けたようなアランは苦手である。しかし彼の腕の中にいた令嬢の涙は本物だろう。

 最初は面白半分で近づいた令嬢たちが、いつの間にかアランに本気の恋をしてしまうらしい。アランが関わった令嬢の中には、本当に婚約を解消してしまった者もいる。

 相手方から、他に想う者がいるなら解消してほしいと言われ、双方了承の上の解消であった。

 それでも、フェリアとアランの婚約は解消されなかった。

 アランは、その婚約を解消してまでアランを選んだ令嬢にこう言ったのだ。


「僕は、婚約者との婚姻は解消できないよ。それは家のためだからね。君もそうではなかったの? 婚約を解消してほしいなんて、僕は一度も言ったことはないよね?」


 当然、令嬢の家はマクドエル家に娘と婚約を結ぶよう迫った。何せ、アランのせいで娘は婚約を解消したのだ。『アランしか考えられない』という娘に、そんな娘に愛想を尽かした相手側の申し出に頷くしかなったのだ。

 しかし、当のアラン側は、あくまで友達の一人としての付き合いだった、恋人めいた戯言はあくまで恋愛遊戯ごっこの一環だったとして突っ撥ねた。


 事実、アランの相手は一人ではない。同じような状況の令嬢は多数いる。二人で出かけた、腕を組んで歩いた、などという行為は他の子を相手にもしていることだったから、決定打になどならない。

 結局のところ、アランとフェリアの婚約が解消されることはなく、令嬢はアランとは結ばれなかった。慌てて元の婚約者に謝罪してでも取り繕おうとしたが、けんもほろろにあしらわれたという。


 しかし、今回はちょっと違う。アランの令嬢に対する言葉を直接フェリアは聞いてしまった。

 今回ばかりは、穏便に婚約が解消できるのではないか。そうフェリアは考えた。

 

 

 

 

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