第2話 恋多き男

 アラン・マクドエルは、決して暗愚な男ではない。スラリとした体格に甘いかんばせは令嬢を虜にするが、その人好きのする笑顔と身分差に関係なく誰とでも気軽に会話する態度は、令息たちにも友人が多い。

 彼の周りには常に人がいる。それに貴賤は関係ない。そして男女も関係ない。さらに言えば年齢もあまり関係ない。

 アランはその人好きのする甘い顔が注目されがちだが、特筆すべきはその会話術だ。彼はさほど自分のことを話すわけではない。とにかくなのである。


 人誑しで女癖の悪いと評判のアランではあるが、一応相手の女性は選んでいる

 他人から見て、女性の外見に統一性はないので、彼が女性をとはあまり認識されていない。

 巷の噂では、来るもの拒まず、去る者は追わない。浮名を流すアランには、いくつも【真実の愛】が発生し、消えていく。


 婚約者のフェリアは、周りからそんなアランが婚約相手とあって、憐れみや同情の目で見られることが多い。

 フェリア自身には瑕疵がない。次期侯爵となるのはフェリアで、当然後継者として厳しい教育を受けており、真面目で優等生。

 さらに言えば、派手な印象はないものの、容姿も整っている。濃い茶色の髪に深い緑の瞳。スラリと背が高く、小作りの顔に涼やかな目元の化粧映えのする美人であった。いかにも見目がキラキラしているアランと並べばその色合いから地味に映るだけで、決して見劣りするわけではない。

 そんな婚約者を得ていながら、アランは常に他の女性を側に置いている。アラン自身はそれを周りに隠すこともしなかったし、悪びれる風でもなかった。

 アランがほかの女性と居る間、放っておかれるのであろうフェリアに、みな同情するのだ。

『あんな婚約者をもって大変ね』と。


 その実、二人の仲が悪いのかと言われればそうではない。当事者のフェリアは少なくともそう思っている。

 フェリアと二人の時のアランは、ちゃんと婚約者の役目を果たしている。呼ばれる夜会にはきちんとエスコートをしてくれるし、夜会で身に着けるドレスや宝飾品も全て婚約者の役割として用意してくれる。子供のころから続く親睦を深めるための茶会を欠席したことは一度もない。誕生日や記念日などにする贈り物や手紙のやり取りも、互いに欠かしたことはなかった。

 だから、フェリアのグリーフィルド侯爵家もアランのマクドエル伯爵家も、二人がと思っている。

 そう、貴族というものは、その内実、愛を持った結婚でなくていい。互いの家がそれぞれ利益を享受出来れば、それでいいのだ。


 フェリアは知っている。

 彼は決して、フェリアを手放したりはしないことを。

 そうでなければ、彼は貴族で居続けることは出来ない。彼は次男で、婿入りするか士官して功績を上げ叙爵を受けるかしか選択肢はないからだ。

 すでにここまで浮名を流し、世間で評判となった浮気男を、当主の婿にしようなどという家は他には現れないだろう。だからこそ、マクドエル家は決して婚約解消には頷かない。

 幼いころにフェリアとの婚約が決まった彼は、貴族男性としてある程度護身のために鍛えてはいても、騎士になる訓練を受けたわけではない。そして頭はいいけれど、学び舎で文官の試験を受けるための専攻科を選んだわけでもない。それらは、全てグリーフィルドに婿入りするには必要不可欠な要素ではないから。

 だから、フェリアはこう思っている。

 たとえ彼からの愛は得られずとも、このままこの婚姻は為されるだろう、と。


 アランが『恋多き男』と変貌を遂げたのは、貴族の子供が通う学園に入学してからだ。

 この国では、貴族の子供は16歳から18歳まで学園に通い、一定の教育を修めることを義務付けられている。義務であるから、同年代の貴族の子息令嬢はみなそこに集う。次世代を担う貴族たちの、小さな社交場である。何れは国の要となる子供たちであるから、学園で縁を繋いだり、上下の関係を肌で感じ、いざ公に国の行事に参加するときに弁えた態度ができるよう学んだりすることが目的だ。

 もちろん、学問を学ぶところとしては国の中でも最高の教育機関である。クラス分けは成績順で、下位貴族の子女の中には授業内容について行けず、クラスを落とすものもいる。

 幼い頃から英才教育を受けてこの学園に来る高位の貴族たちは必然的に上位クラスになることが多い。

 第1学年は専攻科関係なく、全員が同じ基礎学問と言われる授業を受ける。2学年目からは、それぞれ希望の学科へ進むことになるが、あまりに成績が低いと進めない学科もある。

 アランは、幼い頃からその見目で有名であった。整った容姿である上に、王都で一二を争う商店を掌握するマクドエル伯爵家の令息である。当然金回りもよく、商売人ならではのセンスの良さも併せ持って、彼は子供のころから多くの人の目に留まる子供だった。

 しかしアラン自体は次男なので、結婚相手としての旨味はあまりない。特に嫁ぐ前提の令嬢たちにとっては、彼との婚姻は貴族籍を失うことを意味する。

 でも、その麗しい見目は、一度は側で見つめたい。願わくばその甘やかな笑顔を自分だけに向けて欲しい――――

 そう令嬢たちを狂わせるほどの空気をアランは持って生まれたのだ。

 学園に入学したとき。まだ恋に憧れる時代の令嬢たちはこの3年間だけの夢を見る。


 そして、16歳のアランはこう渾名される。

『恋多き男』と。

 

 

 

 

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