第24話 シュトラント

 「お待ちしておりました、グランツライヒ様。ご予約いただき誠にありがとうございます」


 シュトラント支配人だと名乗った彼はアニカたちに向かって恭しく頭を下げた。

 休日だからか、店内は満席である。

 てっきりカフェエリアでのアフタヌーンティーかと思っていたが支配人が案内したのは別の場所だった。

 全面をガラスで覆われた温室で、部屋の中には色とりどりの花たちがひしめき合っている。

 窓の外にも庭園が見え、手入れの行き届いた植物が瑞々しく咲き乱れていた。


「こちらが本日のアフタヌーンティーのお品書きです」


 支配人は流れるような所作でアニカたちを席へと導いた後、丁寧に紙を手渡した。

 木苺とピスタチオのマカロン、ローズチーズケーキ、カシューナッツのビスコッティ……他にもたくさんあったがどれもすごく美味しそうだ。

 紅茶の注文を済ませ、再度紙を眺めているうちに紅茶と共に実物が目の前に運ばれてくる。

 支配人は手際よく準備を済ませると「ごゆっくりどうぞ」という一言を添えて温室を去っていった。

 夢中になって紙とお菓子を見比べていると目の前からふっという笑い声が聞こえた。


「アニーは見ていて楽しいな」

「もっ、申し訳ありません! はしたなくて……」


 ここに母がいたら𠮟られていたことだろう。

 アニカは自分の行動を思い返して少し冷静になったが、ライネルは「いや」と言葉を続けた。


「はしたないなんて思っていないさ。素直な反応が見れたから嬉しくてね。……よければ俺の分も食べるといい」


 ――えっ、下さるの!?


 元気よく返事をしかけた彼女だったが、ふと思いとどまった。

 甘いお菓子はカロリーがめっちゃ高い。

 二人分も食べてしまったら確実に太る。

 ただでさえライネルとお茶することが増えたので体重が増えてしまているのに、これではいけない。


「……いえ! じっくり味わって食べますので、ライネル様もご自身で召し上がってくださいませ!」

「そうか? それならいただこうかな」


 ぎゅむと目を瞑って断るアニカを不思議そうに見ていたが、ライネルは自分の分を小皿へとセンスよく盛り始める。

 アニカもそれに習って皿の上に食べたいお菓子を乗せた。


「……グレゴールはこれからどうなるのですか?」


 マカロンを大事に食べてからアニカはライネルに聞いた。

 せっかく記憶を取り戻したのだからヴィルヘルミーナと一緒にいたいはず。

 そう思ったけれどライネルは申し訳なさそうに眉を下げていた。


「彼には今まで通り、リーゼリウムにいてもらうことになった。魔導書グリモアは存在自体が特異で稀有なもの。賊に狙われない保証はどこにもないからね」

「そう……ですか」


 外出する際にもライネルは賊に狙われる心配をしていた。

 珍しいものが欲しいと思うのは消せない人間の欲なのかもしれない。


「彼の解読は終わってしまったけれど、今後も仲良くしてやってくれると嬉しい」

「わかりましたわ」


 そういえば試用期間が終わって晴れて正式なメンバーとして働くことになったけれど、これからの仕事も解読に関することなのだろうか。

 それに解読は今までアニカしか成功させられたことがないとライネルは言っていたが、それが腑に落ちていなかった。

 ライネルほどの実力者であれば解読の一つや二つできそうなのに。


「……あの、ライネル様が魔導書の解読をできなかった理由って、伺っても大丈夫ですか?」

「もちろん」


 ライネルは優しい笑みを浮かべる。

 気まずい話題だと思っていたアニカは安心からほっと肩の力を抜いた。

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