第23話 物欲よりも食欲

 花冠祭の一件から数日後、アニカはライネルに呼び出されていた。

 ライネルがお茶を淹れてくれているこの光景がもはや恒例となっていることにアニカは慣れの恐ろしさを感じていた。


「では、改めて。……君は魔導書グリモアの解読を成し遂げた。これは実に快挙と言える」

「快挙、ですか?」

「ああ。何せ今まで魔導書の解読をできた者はいなかったからね」


 手に持っていたお菓子がポロリと膝へと落ちる。

 確かに難しいというかやり方が全く分からない課題だったが、そこまで難題だったとは……。

 褒めてもらっているがアニカは自分がすごいことを成し遂げたという実感がまるでない。


 ――『今まで』って、ライネル様もできなかったってことなのかしら?


 アニカの考えていることなどお見通しなのだろう、ライネルが首を縦に振った。


「ああ。俺も含めてだ」

「ライネル様にできないことってあるんですのね」

「俺だって人間だ。できないことの一つや二つあるさ」

 

 ――自分が人間だって自覚あったのね、この人。

 

 ほぼ人外の彼の苦手なこととは一体何なのだろう。

 別に弱みを握りたいとかではないけど気になってしまった。


「アニーが俺をどう思っているのか、とてもよくわかった」


 ライネルがニコリとわざとらしい笑みを作った。


 ――心を読まれてる!?

 

 アニカは感情が顔に出やすいタイプなのだが、彼女自身は全く気付いていない。

 百面相を繰り返すアニカにライネルは声を上げて笑い出した。


「そんな深刻そうな顔をしなくていい。煮たり焼いたりしないさ」

「ありがとう……ございます?」


 とりあえずお礼を言ったけれど深刻そうな顔をしている自覚のない彼女は首を傾げた。


「話を戻そう。君は晴れてリーゼリウム帝国国立図書館の従業員となるわけだが……その前に、何か欲しいものはないかな?」


 つまり褒美を取らせようということなのだろう。


 ――急に欲しいものと言われても……何かあったかしら……。


 服や宝石はどうだろうか。

 実家にいた頃は新しいものは買ってもらえず、お姉様のお下がりを着ていた。

 

 ――いえ、お姉様のお下がりで困ったことなど何一つとしてありませんでしたわね。


 今着ている服も姉のお下がりだが、昔からずっと着ているお気に入りだ。

 気に入ったものばかり着るから新しい服を買ってもらっても着ない未来が容易に想像つく。


 ――じゃあ、本はどうかしら?


 アニカは本を読むのが好きだ。

 幼少期は木登りや冒険という名の散策をするのが好きだったのだが、お母様が卒倒してしまうし、その後のお説教が怖いので代わりに本を読むようになった。


 ――いやでも首都にいたら図書館に通い放題ですし、どうしても欲しい本以外はいらないですわね……。


 首都は公共機関の宝庫である。

 リーゼリウム帝国国立図書館以外にも多くの図書館があり、街の本屋よりも確実に品揃えがいいのだ。


「特に……ないですわね……」


 せっかく聞いてもらったのに申し訳ない。

 居心地悪そうにソファに収まるアニカを見兼ねて、ライネルはこう提案した。


「では、『シュトラント』でアフタヌーンティーはいかがだろうか?」

「シュトラントですか!?」


 シュトラントはビリンドリヒ社直営のカフェ……というよりかはサロンに近いかもしれないが、ゼーゲンメーア領と首都アルカナ・ヴェルディアにのみ店を構えている。

 店にある茶葉であれば何でもオーダーできる上、お菓子も絶品なのだそう。


「決まりだな。来週いこうか」

「はいっ! よろしくお願いいたします!」


 アニカは今までで一番元気な返事を返した。

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