第5話 ようこそ、リーゼリウム帝国国立図書館へ!

 実家の屋敷を出て馬車に揺られること約二時間半、ようやく首都アルカナ・ヴェルディアに到着した。

 手紙には待ち合わせの時刻だけではなく、仕事内容や働く際の注意事項が記載されていた。中でも異質だったのは『リーゼリウム帝国国立図書館で勤務する人間は寄宿舎で寝泊まりする』という項目だろうか。

 両親やその他の貴族であれば「家が保有する屋敷以外での寝泊まりなど論外だ!」と吐き捨てそうだが、アニカにとってはありがたいことこの上なかった。


 ――リーデルガルド領の屋敷から通うのはどう考えても距離的に無理ですしね。


 一応、首都にも頼るアテはあったのだが、両親から猛反対されてしまったので泣く泣く選択肢から消したのだった。

 リーゼリウム帝国国立図書館の入り口にはすでに人が集まっており、皆アニカと同じ手紙を手にしていたが、想像よりも人数は少ない。

 どうやらアニカが最後の一人だったようで、彼女が馬車から降りて彼らに合流するとすぐに図書館の中から誰かが出てきた。


「ようこそいらっしゃいました。私はリーゼリウム帝国国立図書館管理人、ライネル・フォン・グランツライヒに仕えております、フリード・リヒテンリードと申します。我が主人より皆様をご案内するよう承っております」


 フリードと名乗った青年はお手本のように綺麗なお辞儀をすると、アニカたちを図書館へ招き入れた。

 七大貴族のグランツライヒ家に仕えているということは彼自身も上流貴族の出身なのだろう。話し方や所作一つとっても優雅だった。

 不躾な視線を送ってしまっていたのがバレたのかフリードがアニカを見た。澄んだ黄水晶の瞳にバツが悪くなるも、彼は柔らかく微笑んでくれた。


 ――ジロジロみていたのに怒らないなんて、心の広い方だわ。


 アニカの内心でフリードの好感度が上がったのは、ここだけの秘密だ。

 



 フリードは廊下の突き当たり、とある扉の前で止まる。ギギギと音を立てて開かれた扉から淡い光と本特有の匂いが溢れ出した。

 天井が高く設計されている様で、日の光が差し込むところを見るに天井部分はガラス張りになっているのだろう。真ん中部分が吹き抜けになっていることも相まって図書館だというのに開放感がすごい。でも図書館らしく至る所に本棚があり、隙間なく本が並んでいた。

 部屋の中央には豪華な階段が備え付けられていて、どうやら二階に行き来するのに使うようだった。


 階段を見上げた先にふと人影が入り込む。

 彼はアニカたちが視界に入ると人好きのしそうな笑顔を浮かべて颯爽と階段を降りてきた。

 肩にかけられた白い上着が風もない図書館で靡く。胸元につけられたグランツライヒ家の勲章が陽光を受けて煌めき輝いていた。

 彼は一定のリズムを正確に刻み、階段を降り切る。

 フリードが彼に恭しく頭を下げると同時に参加者の女性から感嘆の声が漏れ出した。


 ――この人が、あの、グランツライヒの次期当主。


 後ろに撫でつけられた美しい金髪、恐ろしいほど整った顔、噂には聞いていたけれど何もかも完璧だった。


「ここまで長旅、ご苦労だったね。私はリーゼリウム帝国国立図書館、第13代目管理人、ライネル・フォン・グランツライヒだ。以後お見知り置きを」


 スマートな紳士の振る舞いに今度は男女問わずため息が漏れ出す。

 アニカもつい先日婚約破棄なんてされていなければ彼らと同じように呑気に惚けていられたのかもしれない。


 ――見た目や肩書きだけで判断できないものって沢山あるもの。


 一応会釈はしたがツンとした態度だったのが透けていたらしい、ライネルがアニカに注目していた。

 薄い青っぽい瞳だが、時より角度によって不思議なプリズムが見える。どことなく……そう、オパールの宝石に雰囲気が似ている。


 ――あの瞳、どこかで……。


 目があったのは一瞬だけで、ライネルはすぐにアニカから視線を外すと説明を始めた。


「事前に手紙で伝えた通り、当館では体制変更に伴い新たに人員を募集することになった。だが、君たち全員を即採用というわけにはいかない。ここは魔導書を管理する図書館だからね。普通の図書館とは勝手が違う。……それ故、こちらを用意した」


 ライネルが指を鳴らすと宙から紙が舞ってくる。

 風属性の魔法だろうか……それにしても恐ろしいほどコントロールが正確だ。

 グランツライヒ家は本来火属性の魔法を得意とする家系なのだが、次代当主のライネルは全属性の魔法が使えるともっぱら話題になっていた。

 噂に尾ひれがついただけだろうと思っていたのにまさか本当の話だったなんて。


 アニカは配られた紙を両手で受け取った。

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