第4話 図書館からの招待状
「どこで働くんだ?」
「……それは……」
お父様の問いは暗にこう言っているのだ。
『お前が働く場所など、どこにあるのか』
貴族が働く場所は行政機関や軍が主で、そこで働くことのできる女性はほんの一握りである。それこそクラウディアのように魔法の才がある人、もしくは素晴らしい学位を納めた人でなければ働くことすら認められていない。
だから大体の貴族の淑女は働かず結婚する。そして旦那のお飾りとなり、綺麗に身なりを整えてお行儀良く座っているだけの存在になる。
ましてやアニカは無能――魔力がない。
貴族が働く場所は基本的に魔法が使えることが前提であり、魔力がないのであれば平民として働く必要がある。でもそれは『貴族階級を捨てて働く』ということだ。本当に全てを捨てて働く覚悟があるのか、お父様は聞いている。
――こんなところで折れるなんて、嫌ですわ……!
覚悟なんて全くできてないけれど、何か言わなくては。
アニカが口を開こうとした瞬間、侍女のマリンが「あの……」と声を挟んだ。
「旦那様。お嬢様にこんな手紙が届いておりまして……」
「なんだ? ……『リーゼリウム帝国国立図書館への招待』?」
リーゼリウム帝国国立図書館とは、首都アルカナ・ヴェルディアにある我が国で唯一、魔導書のみを保管する図書館だ。
一般利用者は立ち入ることができず、上流貴族でも一部の人間のみ入館が許されている特別な場所。
そんなところからアニカ向けに手紙が来るなんて、姉のクラウディアと宛先を間違えているのかと疑いたくなる。
お父様がマリンへ一言告げると彼女は先ほどの手紙をアニカへと手渡す。どうやらお父様から閲覧の許可が降りたようだ。
マリンから手紙とペーパーナイフを受け取り、丁重に開封して読み上げた。
「『拝啓、アニカ・リーデルガルド様。突然のお手紙でさぞ驚きのことでしょうが、どうかご容赦ください。リーゼリウム帝国国立図書館は体制を一新するため、新たな招待を数名の方へお送りしております。もしリーゼリウムで働くことにご興味があれば、二枚目の手紙に記載されている日時に当館の前までいらしてください。貴女にお会いできることを楽しみにしております。――ライネル・フォン・グランツライヒ』」
グランツライヒは現皇帝の出身の家だ。
七大貴族の中でも群を抜いて優秀で、昔から名門と名高い。この帝国では七大貴族の中から皇帝を選ぶ選帝侯制を採用しているが、ほぼ毎回皇帝を輩出しているのがこのグランツライヒ家だ。
手紙の真偽を疑っていたお父様へ手紙に押印されたグランツライヒの紋を見せると、信じられないといった様子で目を擦った。
――素晴らしいタイミングだわ!
小躍りしたいのをぐっと耐えて、アニカはお父様とお母様に向き直る。顔がにやけないようにえくぼに力を込めた。
「お父様、お母様。私、このお話、受けようと思いますの。ここで働けば、貴族の……いえ、七大貴族として示しがつきますし」
両親にはあのグランツライヒからの招待を断るという選択肢はないだろう。いつだって七大貴族としての矜持を大事にしているのだから。
アニカの目論見通り、彼らは無言で頷いた。
マリンへ目配せすると彼女は花が咲くような笑顔をアニカに見せる。
思えば姉とその旦那を除けば、アニカの味方になってくれるのは彼女だけだった。
マリンは疑いようもなくアニカの新しい一歩を応援してくれている。
その眼差しが嬉しくてアニカは彼女にウィンクして答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます