第19話




第19話(仮)「静かな夜に忍び寄る影」



映画祭の会場を後にした二人は、タクシーでホテルへ向かった。

窓の外を流れるネオンが、まだ熱気の残る夜を鮮やかに切り取っていく。


「はる、なんか…まだ胸がドキドキしてる」

すみれは後部座席で手を胸に当て、まだ受賞の余韻に浸っている。

遥は微笑みながら、軽く彼女の手を包んだ。

「いいじゃん、その鼓動。今日のご褒美だよ」



ホテルのエントランスに着くと、ロビーは深夜にも関わらず人が行き交っていた。

取材帰りの記者らしい男性、旅行者、そして…見覚えのない男が一人、柱の影からこちらをじっと見ている。


すみれがふと足を止める。

「……ねえ、あの人、さっきの会場にもいなかった?」

遥も視線をそちらに向けたが、その男は気づいた瞬間、スッと背を向けて奥の廊下へ消えていった。


「気のせい…かもしれないけど」

遥はそう言いながらも、眉間にわずかな皺を寄せた。



部屋に戻ると、すみれはベッドにダイブし、枕を抱えてくるくる転がる。

「はあ~、やっと落ち着いた。…あ、そうだ!ティラミス!」

遥は笑って、持っていた小さな紙袋を取り出した。

「ジャジャーン。ちゃんと冷やしてきたよ」


ふたりは窓際のテーブルに並んで座り、甘いティラミスを分け合う。

口の中に広がるほろ苦さと甘さに、すみれは思わず目を細めた。

「ん~…幸せ…」


その瞬間、外のビルのガラス窓に、こちらを見つめる人影が一瞬映ったように見えた。

「……はる、今、誰か…」

振り向いたときには、もう影は消えていた。


遥は静かにフォークを置く。

「すみれ…部屋の鍵、ちゃんとかけて」



ホテルの外では、スマホを耳に当てた男が低い声でつぶやく。

「……確かに確認しました。ターゲットは、二人ともホテルにいます」


夜の東京が、二人にとって甘いだけではない予感を運んできていた。



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