第6話

第6話「芸能人、文化祭で大躍進?」



 文化祭の朝、校門前にはいつも以上の熱気が漂っていた。クラスや部活動、委員会がそれぞれの展示や模擬店の準備に追われ、廊下には仕込み用の装飾や段ボール箱が山積みだ。


 一ノ瀬遥と朝比奈すみれも、クラスの出し物である「縁日屋台」の準備に追われていた。くじ引きやヨーヨー釣り、かき氷と綿あめ。すーちゃんはひときわ目立つ赤い法被を着て、手際よく机上に景品を並べている。


「遥くん、このお面の見本、もう少し手前に出してくれる?」

「了解。って、すーちゃん、手つきプロ並みじゃん」


 彼女は気負いなく笑い、「昔は地元の夏祭りでバイトもしてたからね」と涼しげに答えた。いや、それでも芸能人としてより手慣れて見えるのは何故なのか。



 午前中の模擬店準備も順調──だったはずが、突然スピーカーから職員会議のアナウンスが響いた。


「文化祭における校則違反の疑いがあった生徒がいるため、優秀クラス賞の審査を一時保留します。該当クラスは直ちに代表を校長室まで」


 言葉の重みが容赦なく二人を貫く。


「まさか、うちのことじゃ……?」


「いや、まだ何もしてないだろ!」


 しかしクラスメイトのざわめきは収まらない。誰かがすーちゃんに関する“特別扱い”や“裏口入学”の噂をスクープしようとしているらしい。



 昼休み。


 クラスの代表として、すーちゃんと一ノ瀬は再び校長室へ呼ばれた。今度は二人だけではない。副委員長や生徒会長も同行し、教室からは心配そうな視線が飛び交う。


「今回の疑義はな……“芸能人の身分を利用して不正に投票を操作したのではないか”というものだ」

 校長の目は厳しい。


「不正投票、ですか?」

 すーちゃんの声には震えが混じっていた。


「具体的には、校内SNSでフォロワーを誘導し、投票用QRコードを大量に送らせたのではないかと──」


 一ノ瀬はスマホを握りしめ、「そんなこと、一切していません!」と強く訴えた。副委員長も「クラス全員で手作業のチラシ配りしかしていません」と証言し、生徒会長も「リアル投票のみを認めるルールがあったはずです」と続いた。



 校長は一呼吸置き、静かに頷いた。


「よかろう。ただし、念のためクラス全員の投票ログと校内SNSの送信履歴を信頼できる第三者機関に一括で調査依頼します。それまでは“優秀クラス賞”審査保留──という形で許可する」


「はい……!」

 すーちゃんは安堵の息をつき、瞳に光が戻った。



 校長室を出ると、すーちゃんは深く一ノ瀬の手を握った。


「ごめんね遥くん、私のせいでまた面倒かけちゃって」


「いいんだよ。クラスのみんなも信じてくれてるし、俺も信じてるから」


 彼の言葉を聞いた彼女の瞳に、一筋の涙が光った。


「ありがとう……はるがそばにいてくれて、本当に心強い」


 すーちゃんの顔がすっと晴れ、二人はそろって教室へと戻った。



 午後の展示時間。


 縁日屋台は予想以上の賑わいを見せていた。生徒も保護者も地域の人々も大勢押し寄せ、ヨーヨー釣りの列は校庭の片隅まで伸びている。すーちゃんはひっきりなしに手渡しをし、一ノ瀬はお面コーナーで子供たちを笑顔にしていた。


「遥くん、見て! すごい行列!」


「お前が活躍しすぎて……行列の最後尾が見えねぇ」


 二人のコンビネーションは抜群だ。普段の大人しさはどこへやら、自然体で動き回りながら客を楽しませている。



 夕暮れ近く、校内SNSの速報が流れた。


【速報】調査機関による中間報告──「不正の形跡なし」


 拍手と歓声があがる。クラスメイトたちが駆け寄ってきて、肩を抱き合いながら喜びを分かち合った。


「やったな!」

「クラス優勝、見えてきたぞ!」


 その輪の中で、すーちゃんは一ノ瀬に向かって満面の笑みを見せた。


「これで文句なしだね!」


「うん。本当に、みんなのおかげだ」


 心の底からの笑顔だった。



 夜の片付け後、二人は校庭で打ち上げ花火を見上げていた。


「綺麗だね……」


「すーちゃんと見るから余計に綺麗だ」


 打ち上げ花火が大きく開き、夜空を黄金色に染める。


「はる、ありがとう。私、どんな時もあなたの隣で頑張る」


「俺もだ。これから先、何があっても一緒に乗り越えよう」


 花火の明かりが揺れる二人のシルエットは、まるで――未来へ向かって開かれる大きな扉のようだった。



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