第15話 海斗に婚約者?
とある日の朝。
数日、仕事で留守にしていた海斗が今日は戻る予定だ。
「夕飯は一緒に食べることができるかしら……」
萌黄がゴミ出しをしていると、メイド長が近づいてきた。
あれから嫌がらせや折檻などは受けていないが、今日も意地悪そうな顔をしている。
「……なにか、御用ですか……?」
あまり活き活きとしていてはいけない、と萌黄は不健康そうに咳をわざとにした。
「あら、体調がすぐれないご様子ですねぇ。ここは陰気な場所ですもんねぇ」
「ゴホゴホ……な、なんでしょうか?」
「海斗様に婚約のお話があるそうですよぉ~~いえ、もう婚約されたのかも?」
「えっ……そ、そうなのですか」
突然の話に、驚く。
「ですので、奥様は海斗様の此処での滞在時間にはもう少し気遣いをした方がよろしいかと……」
「え」
「何故というお顔をされておりますが、汚いボロ蔵に若い男性を……旦那様の弟様を毎日長時間束縛しているご様子で、メイド達の間にも変な噂が広まりそうです」
「……変な噂」
「えぇ。ふしだらな噂が広まれば、海斗様の名誉に関わることですからね。奥様~」
奥様などと微塵も思っていない事が、メイド長の薄ら笑いで伝わってくる。
「……そ、そうですか……」
萌黄は逃げるように、影工房に戻った。
メイド長の独断なのか、真白の命令なのかは、わからない。
海斗に婚約話が……。
息が苦しい。
「そうよね。あんなに素敵な人ですもの。縁談なんか沢山くるに決まってる」
納得できる話のはずなのに、萌黄の心は落ち込んでしまう。
なんだか、心が通じ合ったような気がしていたが……それは恋とはまた別のことだったのだ。
商売仲間なのだから、信じ合うのは当然だ。
……結婚してから初めての恋をして、呆気なく失恋……。
陸一郎と真白の不貞を見た時よりも、心が沈んで涙が出た。
その日の夕方。工房に海斗が急いでやってきた。
「萌黄姉さん! この前納品してもらった五つの魔道具、無事に売れましたよ!」
どんな顔で会おうと思っていたのに……。
大喜びで興奮気味の海斗を見ると、憂いなど吹き飛んでしまった。
「えっ本当ですか!? 五つ全部!? すごいです海斗さん!」
「ものすごく質が良いと相手側も興奮していて……なんと五つで百万円の売上げですよ……!」
「ひゃ……百万……!?」
「この調子だったら一千万円だって、確実に稼げますよ……!」
「本当に本当に本当の話ですか??」
「本当ですよーーー!! 萌黄姉さんの作る魔道具は最高なんですっ!! 嬉しいです! やったぞ!!」
海斗が大喜びで、萌黄を抱き上げた。
狭い工房のなかだが、抱き上げてクルクル回る。
「す、すごいです……! きゃっ! ふふ」
「あっ……失礼……嬉しくてつい!」
このまま抱き締められそうだったが、海斗はゆっくり萌黄を床に下ろす。
二人で照れた笑いをしてしまう。
「ふふっ……私も嬉しいです……!」
「今日はお祝いしませんか? 美味い酒と肉を買ってきました! 牛鍋を食べましょう!」
「まぁっ……すごい! 庭師さんもお呼びいたしますか?」
「いいえ呼びません! 萌黄姉さんと二人で食べますっ! 二人だけでお祝いしましょう!」
はっきり『二人で』と言われてしまう。
「二人で……」
「あっ、すみません。嬉しくて、つい……馴れ馴れしく」
「い、いえ……私もとても嬉しいです」
「俺と萌黄姉さん二人の功績ですから、誰にも邪魔されたくなくって……」
「は、はい……そうですよね。牛鍋、美味しく作りますね」
「やった! お願いします!」
海斗には婚約者がいて、淡い恋心は終わったはずなのに……。
海斗の言葉や行動で、まだドキドキしてしまうと萌黄は思う。
「あの……本当にこちらで夕飯を食べても大丈夫なのですよね?」
「え? はい、もちろんですよ。すみませんが、帳簿をつけていてもいいですか?」
「はい。牛鍋はお任せくださいね」
「ありがとうございますっ!」
海斗の帳簿はこれから二人の販売事業で重要になる。
とりあえず一緒に夕飯を食べることができると安堵して、萌黄は丁寧に牛鍋を調理する。
そして美味しそうな熱々の牛鍋が出来上がった。
小さな丸テーブルで食べるのは危ないので今日は床に絨毯を敷いてローテーブルを出して二人で座る。
売上からではなく、海斗が自腹で買ってきた牛肉は最高級でとても美味しい。
大吟醸酒も、水のような飲み心地で酒など殆ど飲んだことのない萌黄もつい飲んでしまう美味しさだ。
「自分の作ったものが、売れる……誰かに喜んでもらえる……こんな幸せなことがあるだなんて……」
「萌黄姉さんの作った魔道具は、国の宝ですよ。素晴らしい技術です。匠姫が俺の影工房で、魔道具を作って、それを俺が売る……俺も最高に幸せです」
「……海斗さん……」
「そういえば、萌黄姉さんが一番最初に作っていた鍔の魔道具はどうされたのですか?」
「あ、あれは……えっと、海斗さん……にと思って作っておりました」
萌黄が、少し立って机の中から桐の箱を取り出した。
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