第6話 真白襲来


 水を少し飲もうと言われて、海斗に優しく支えられる。

 その時、部屋の外からものすごい音が聞こえてきた。

 まるで嵐が近づいてくるような……。


「海斗様ーーーー!?」


 ノックもせずにドアが弾くように開かれた。

 派手な振り袖を着た真白だ。

 ベッドを守るようにして、海斗が立ちはだかった。


「誰です? 突然に不躾な」


 静かだが、威圧的な声で海斗は真白に問う。


「海斗様、どうして此処に!? まだ祓魔騎士ふつまきしとしての留学はあと二年はあるはずですのに!! 萌黄!? あんた、海斗様のベッドから出なさいよ!」


 真白が頬を染めながら海斗に話し、萌黄には怒鳴る。


「おやめなさい! 萌黄姉さんは今、絶対安静です。 君は、一体誰なんです?」


「彼女は妻の妹だ。海斗。お前が失礼だぞ」


 後ろから部屋に入ってきた陸一郎が、メガネを中指で直しながら言った。


「兄さん……この方は萌黄義姉さんの、妹さん……? すみません。見知らぬ方でしたので……」


「いやだ。海斗様はとぼけていらっしゃるのですわ。私は魔道具技師塾で一緒に学んだ生徒なのですもの。見知った仲ですわ」


「塾で……? 記憶にないが……いえ、失礼しました。冠崎家の次男の海斗です」


「も、もちろん知っております……! とてもよく知っておりますわ!!」


 真白が頬を染めて、微笑む。

 いつも高圧的な態度なのに、何故か控えめに純粋な乙女のように一歩下がっている。


「海斗、何故お前がここにいる」


「そんな話はあとですよ。萌黄さんがメイド達に暴力を受けている場面を目撃したんです。怪我を負わされ熱が出て、危険な状態だったんですよ」


「そうか」


 陸一郎は、ただ頷くだけだ。


「そうかって……それだけですか? それに彼女はメイドとして働かされ、人の住むような部屋ではない部屋に住まわされていた……一体どういう事なのですか」


「か、海斗様。それはですね」


 真白が珍しく慌てた様子だった。


「愛だよ、海斗」


 陸一郎が静かに答える。


「あ、あい……?」


「萌黄は我が妻として、いささか我儘でね。躾が必要だっただけだ」


「……えっ……そんな私は我儘なんて……」


 陸一郎の言葉に、萌黄は驚く。


「そうそう! お姉ちゃんはワガママ過ぎるのよ! それに逃げ出そうとして、冠崎家に迷惑をかけようとするから仕方なく……ねぇ?」


「真白の言うとおりだ。うちの顔に泥を塗るような行為を軽々しくするものではない。わかるだろう海斗。この娘には常識が足りぬ。だたの躾だ」

 

 萌黄は二人の主張に愕然とした。

 これで海斗も納得して、またあの部屋へ戻されてしまうのではないか……。

 反論しようとするが、真白が睨む。

 『何か言えば殺す』とでもいうような殺気に溢れた目。

 

 まだ熱が引かず、朦朧とする頭だったが恐怖で涙が溢れてきてしまった。


「躾? 兄さん、妻はものでも道具でもない。萌黄姉さんがそのような行動に至った理由をしっかり聞いて、話し合えばいいだけだ。兄さんのやっている事は明らかにおかしい」


「ははは……お前が口を出す話ではない」


 陸一郎が、海斗を睨むが海斗が怯えることはない。


「そちらの妹さんは随分とこの話に詳しいようではありませんか。では弟の俺が介入するのは何もおかしいことではありませんね。萌黄姉さんをあの部屋には戻すことはしないし、メイドとして働かせるなど二度としない」


「……正義感気取りか? では、萌黄をどこに住まわせる気だ? まさか兄の妻を、弟のお前が自分の部屋に住まわせると……?」


「今は、緊急で俺の部屋で診察を受け看病をしただけです。客室だって三室あるでしょう?」


「客室は全て真白が使っている」


「三室を全部?……妹さんは、何故この家に滞在しているんです? 結婚してもう二週間ですよね」


「帝都で暮らしたいという希望を叶えるという、ご両親との約束だ。勉強部屋に使う部屋もあるし衣装部屋にしている部屋もある」


「……それがおかしいとは思わないのですか?」


「何がだ」


「……陸一郎さん……お願いです。私をこの家から出してください……」


 萌黄としては、解放してくれるだけでいい。

 あの地獄以上の地獄など、ないと思う。


「駄目だ。それともお前は、慰謝料を一括で、一千万円もの大金を払えるのか?」


「い、一千万……?」


「新婚で一方的な離縁申し立てだ。私がどれほど世間から白い目で見られるか……一千万円でも安いくらいだ」


「兄さん……それは脅しです!」


「黙れ海斗! 萌黄、お前を家から出すことなどしないぞ……! さっさと女中部屋へ戻れ……!」


 絶望で萌黄の目の前が真っ暗になる。

 

「それでは……! それでは萌黄姉さんには、俺の蔵工房で暮らしてもらいます……!」


 海斗が陸一郎へと言い放つ。

 

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