第5話 義弟・海斗


 温かで柔らかなベッド。

 まだ熱にうなされていたが、ふいに目が覚めた。

 

 ベッド脇のサイドテーブルに、水差しが置いてある事に気付いた。でも起き上がることはできない。

 

 いつも自分で治すしかない状況を乗り越えてきたのだが……今までで一番の重症だと萌黄は思った。


 まだ此処がどこだかも、何がどうなっているのかもわからない。

 熱で頭が朦朧として、息が苦しい。


「……はぁっ……私……一体……ここは……」


 部屋の外で、男性の声が聞こえる。

 彼は大きな声を出していないが、メイドに色々と尋ねているようだった。

 叫ぶように謝っているのはメイド長だ。


「す、すみません!! 申し訳ありません!!」


「謝罪を聞きたいのではないんですよ。どうして萌黄さんが、このような扱いを受けている? と聞いているんだ。彼女は兄の妻です。つまりは君達が仕える、冠崎家夫人ということなんですよ? それをメイドの君達が暴行を加えるとは、どういうことなのです?」


「そ、それは……」


「兄さんはどこへ?」


「今は外出されております……海斗様は、留学先から、何故お戻りに?」


「君達には、あとで説明をする。早く医者を呼んでください。……彼女にもしもの事があったら許しはしませんよ? 君達のしていた事はれっきとした、暴行傷害という犯罪行為だ」


「ひぃ! こ、これには理由がございますゆえ……なにとぞ陸一郎様にご確認を……! 私達は命令のままに動いただけでございます! 医者が着きましたらすぐにお連れします……! 失礼致します」


 向こうの部屋の扉の閉まる音がした。メイド長が出て行ったのだろう。

 そして寝室のドアが開いた。


「兄が……? 一体どういうことなんだ……」


 訝しげな顔をした男が、独り言を言いながら入ってきたが萌黄を見た。

 

「萌黄さん……っ。目が覚めましたか」


 一気に笑顔になる男。


「……あの……わたし……」


「よかった……此処は安全です」


 喉がカラカラで、声が出ない。


「あ……」


「まずは、お水を飲みましょうか」


「……あの……」


「もう大丈夫ですよ。貴女に危害を加えるような事は二度とさせません。さぁ……ゆっくり」

 

 まだ起き上がることはできない萌黄。

 男は、水差しを優しく口元に添えてくれた。

 まるで命の水のように萌黄の喉から身体へと染み込んでいく。


「……はぁ……おいしい……ありがとうございます……」


「今、医者を呼んでいるところです。安心してくださいね」


 男の微笑みは、優しい。


「……あなたは……一体……」


「俺は冠崎海斗かんざき・かいとです。……貴女の義弟おとうとですよ。義姉ねえさん」


「え……?」


「陸一郎の弟です。……もしかして俺はいない事にされていたのかな?」


「……すみません……初耳でした……陸一郎さんに弟さんが……」


「謝ることはありません。この家ではただならぬ事が起きていると察しました。でも俺は貴女を必ず救いますから、安心してください萌黄姉さん」


「……かい……とさん……」


「今はまだ無理はしないでください。此処で、しっかりと休んでくださいね」


 優しい声。

 優しい言葉……。

 高熱で意識が朦朧とするが、安全な場所に来れた。

 これだけはわかった。

 

『萌黄姉さん……』


 妹に冷たく呼ばれてきた『姉』という言葉が、今は何故か懐かしいような気持ちになる。

 少し眠ったあとに医者の診断を受けた。

 折檻での怪我も医者が見抜き、風邪もかなり酷く拗らせ絶対安静だと言われてしまう。

 これ以上悪化すれば、命の危険もあると……。


 うなされながらも、不安になってしまう萌黄の傍で海斗はしっかりと対処方法など聞いてくれる。

 

「先生ありがとうございます。それでは……こちらを萌黄姉さんに使ってもらっても良いでしょうか?」


 海斗が、綺麗な宝石のついた数珠のような物を取り出した。


「冠崎家は、魔道具の貿易業を手掛けているのでしたな。これは、どのような効果がおありですか?」


「身につけた者の治癒力を高めます。まぁこれは私が作ったものなのですが」


「おお……見事ですな。是非、身につけさせてください。では急変などありましたら、すぐにお呼びください」


 医者は部屋を出て行った。


「あの……あ、ありがとうございます……」


「必ず治りますからね。萌黄姉さん、これをお持ちください」


「なんて綺麗な魔道具……」


 美しい湖のような、海の水面のような……水色の玉。

 そこに刺繍が施された護符、そして力強い守護の力を感じる数珠。


 萌黄が胸元に当てると、熱が引くように楽になる。


「すごい効果がありますわ……呼吸が楽になりました」


「それは良かった」


「素晴らしい力です……これは、特殊な青色水晶に回復増進の呪術を込めて更に……なんでしょう。細かな術式が……それにしても細かい模様細工が見事ですね……」


 熱があるのに、つい護符に魅入ってしまう。

 その様子に海斗は、微笑んだ。

 ふと微笑む海斗を見ると、彼が大層な美青年だという事に気がついた。


「この魔道具は、海斗さんが……?」


「はい。色々お話したいのですが、萌黄姉さん今はまだ休まなければ」


「は、はい……あの、気になっていたのですが、私の荷物はどこにありますか? ……とても大切なものが……」


「大丈夫です。もう回収してありますよ。安心して……さぁ水を飲みましょうか」


「あ……ありがとうございます……」

 

 起き上がれるようになった萌黄を、海斗は支えてくれてお水を飲ませてくれた。


 その時、部屋の外からものすごい音が聞こえてきた。


 まるで嵐が近づいてくるような……。


 

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