第15話 因縁の決着

 リックは試合前の控室で、一人静かに目を閉じていた。対戦相手は、かつてメアリーとの戦いで卑怯な手を連発し、誰からも嫌われていた男、ロイド。戦う前から緊張感はピークに達していたが、それ以上にリックの頭の中には、ロイドに対する対策が幾重にも浮かんでいた。


(あいつは必ず何か仕掛けてくる。目潰し、不意打ち……どんな卑怯な手も平気でやるはず。僕は……その全てに対応しなければいけない)


 試合が始まる直前、観客席からはラグナとメアリーの声援が飛んでいたが、その言葉はリックの耳には届いていなかった。集中しすぎて、頭の中はすでに戦場そのものだった。


「ロイド……お前はここで僕が止める!」


 戦場に立ったリックの表情には、これまでの戦いとは違う鋭い覚悟が宿っていた。


 一方のロイドは、かつて見せていた不敵な笑みを一切浮かべていなかった。目は血走り、口元は固く結ばれている。リックを見つめるその視線は、まるで獲物を狙う獣のように鋭い。


「姉の仇……ここで討つ……。」


 呟いたその言葉の意味を、リックは理解できなかった。しかし、尋ねる暇もなく試合開始の合図が鳴る。


 その瞬間、ロイドは大剣を振るい、地面を叩きつけて砂を舞い上げた。視界を奪う卑怯な目潰し――だがそれは、リックの想定内だった。


(やっぱり来た!)


 すぐに背を向けて目を守り、半歩横にずれて回避。しかし、続くロイドの一撃は勢いそのままに迫ってきた。ギリギリで身をかわしたものの、リックは足元が滑ってバランスを崩す。だが倒れる前に長棍を突き立てて体勢を立て直し、なんとか踏みとどまった。


「ちっ……避けやがったか。」


 ロイドは苛立ちを隠さず、怒りに任せて次々と攻撃を仕掛けてきた。砂を巻き上げ、大剣を振るうたびに衝撃波が起こり、リックの視界は揺れ続ける。


(荒いけど……とにかく重い……一発でも受けたら終わりだ)


 リックは距離を保ちつつ、ロイドの攻撃のリズムを観察した。大剣の攻撃後には微かに隙が生まれる。そこを突けば――。


 だがロイドは叫びながら突進してきた。


「お前はクズだ!」


 激しい言葉と共に、渾身の力で大剣を振るう。リックは回避に徹しながら、あえて攻撃を受け流すことで砂の舞い上がりや地面の状態を利用した。


(……待てよ。この地面、さっきより凹んでる)


 ロイドの重たい攻撃が地面を抉り、わずかな窪みを作っていた。リックはその位置を頭に刻み、再び長棍を構え直す。


 そして、ロイドが次の一撃を繰り出した瞬間、リックは半身でかわしつつ、長棍の先端でロイドの足元を狙った。


「そこっ!」


 突きがロイドの脚を捉え、彼は後退してバランスを崩した。そして――自分で作った窪みに足を取られ、よろめいた。


「今だ!」


 リックは間髪入れず突きを重ね、ロイドの胸に的確な一撃を加える。


「ぐあっ……!」


 ロイドは大きくのけぞり、体勢を崩して後退。その顔には驚愕と怒り、そして焦りが浮かんでいた。


 リックは一気に距離を詰め、長棍を素早く操りながら連撃を繰り出した。ロイドはそれに対応できず、攻撃を受け続けた。


「お前なんかに……負けるわけにはいかない!」


 最後の力を振り絞り、ロイドが大剣を掲げて突進してくる。だがリックは冷静だった。


「これでとどめだ!」


 横に跳んで攻撃をかわし、空振りしたロイドの背後を取って、長棍の全力の一撃を背中に叩き込む。


「うぐっ……くっ、クソ……」


 ロイドはその場に崩れ落ち、動けなくなった。


 リックはしばらくその場で息を整えた。汗が滴り落ち、肩が激しく上下している。だがその目には確かな自信と、戦い抜いた者の誇りが宿っていた。


 観客席からは割れんばかりの歓声が湧き上がる。その中には、仲間たちの声も混じっていた。


「やったじゃねえか、リック!お前、マジでやりやがったな!」


 ラグナが拳を突き上げて叫び、メアリーも笑顔で言葉をかけた。


「リック、本当に素晴らしかったわ。あなたの冷静さと勇気が勝利を呼んだのよ」


 リックはその言葉に照れながらも、はにかみ、そして拳をぎゅっと握りしめた。


(これで……決勝だ。ラグナさん、次は……僕が全力で挑みます)


 彼の心には、恐れではなく、静かな闘志が燃えていた。異世界での冒険は、いよいよ最高潮を迎えようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る