第8話 新しい日常
翌朝、リックは柔らかな日差しが差し込む休息所でまどろんでいた。全身に心地よい筋肉痛が残り、目覚めの感覚は昨日までの人生とどこか違っていた。だが、その余韻に浸る間もなく、扉が勢いよく開いた。
「おいリック!いつまで寝てんだ!朝の空気吸わねーと、鍛錬の効率が下がるぞ!」
陽気な声とともに現れたのは、いつものように元気なラグナだった。その後ろには、穏やかな笑みをたたえたメアリーの姿も見える。
「おはよう、リック。今日はまず、選手登録について案内するわね。これが済めば、正式に“この世界の戦士”としての一歩を踏み出せるのよ。」
リックは目をこすりながら体を起こし、ゆっくりと立ち上がった。眠気はまだ残っていたが、心はどこか引き締まっていた。
「うん……わかった。やっと“登録”か。なんだか本格的になってきたな……」
三人は闘技場の一角にある登録所へと足を運んだ。まだ朝の時間帯だったためか、人通りは少なく、ひんやりとした石畳が靴越しに心地よく伝わってきた。中に入ると、木製の机と帳簿、そして筆が無造作に置かれている簡素な空間が広がっていた。選手登録所とは言っても、受付の人すらおらず、まるで放置された帳簿に名を書き込むだけの自己申告制だった。
「え? これだけなの?」とリックは思わずつぶやいた。
それに対し、メアリーが笑いながら説明する。
「ええ。選手登録って言っても、特別な手続きはないの。ただ、毎朝出場したい選手が自分で名簿に名前を書く仕組みなの。戦いたい日だけ登録すればいいし、逆に避けたい相手がいるときは、名簿が埋まる直前に書き込むっていう手もあるのよ。」
「なるほど……登録の順番を調整すれば、自分の対戦相手をある程度コントロールできるってわけか。」
リックは納得したようにうなずいた。単なる“名前を書く”行為が、実は生き残るための戦略に深く関わっているのだと知り、闘技場がただの力比べの場ではないことを実感する。
その間に、ラグナはすでにさっさと名簿に自分の名前を記入し、ペンを置いて振り返った。
「アタシは誰が相手でも構わねぇ!来るなら来やがれって感じだ!」
そう豪快に笑ってみせるラグナの姿に、リックは自然と微笑み返した。彼女の自信は、もはや清々しさすら感じさせる。
「ラグナはすごいな……僕も、いつかそう思えるようになりたい。」
「なれるわよ、リック。あなたの真面目さと意志の強さがあれば、きっとね。」
メアリーがやさしく言いながら、そっと彼の肩に手を添えた。その言葉に背中を押されるようにして、リックはついにペンを手に取り、自分の名前を名簿に書き込んだ。
その一瞬、胸の中に不思議な感覚が広がった。名前を書く。それだけのことなのに、自分が“この世界の一員”として受け入れられたような、そんな実感があった。
「よし……これで準備完了だね。」
リックが小さくつぶやくと、ラグナが大声で頷いた。
「そうだ! じゃあ次は訓練だ!朝からガンガン鍛えるぞ!」
その勢いに押されそうになりつつも、リックも笑ってうなずく。やるしかない――そう思える自分が、少し誇らしかった。
「私もサポートするわね。まずは体の使い方からしっかり確認しましょう。急に難しい技を練習するより、基礎を固めることが何より大切だから。」
メアリーの言葉に、リックは改めて姿勢を正した。焦らず、丁寧に。一歩一歩、地に足をつけて前に進む。それが、彼の目指す“強さ”だった。
こうして、リックは闘技場の戦士としての第一歩を正式に踏み出した。名前を記し、仲間の励ましを受け、今日という新たな訓練の日を迎える。
異世界の朝はまだ静かで、空には雲ひとつなかった。澄んだ空気が、リックの決意を包み込むように流れていく。
挑戦の日々は続く。だが、彼にはもう、逃げない覚悟と支えてくれる仲間がいる――それだけで、どんな未来も、恐れるに足らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます