第9話 初陣

 訓練所へと足を運んだリックは、昨日に比べて少しだけ自分の足取りが軽くなっていることに気づいた。握る長棍にも、以前より馴染みを感じる。それは確かな手応えであり、自信の萌芽でもあった。


 彼は空いた訓練スペースを見つけると、すぐに構えに入った。まずは呼吸を整え、両足の重心を確認。昨日学んだ動きを丁寧に繰り返しながら、今日はさらに一歩踏み込んだ戦法に挑戦してみるつもりだった。


(長棍のしなりとリーチを活かして……相手の死角から打ち込むように。真正面からの力比べじゃなく、動きで翻弄するんだ)


 それが、彼なりに見つけた“自分の戦い方”だった。


 突き、振り、薙ぎ払い、連続の回転。緩急をつけて攻撃と防御を切り替えるその動きは、ぎこちなさを残しつつも、徐々に洗練されていく。額には汗が滲み、手のひらには棒の摩擦で新たなマメができていたが、それすらも心地よい成長の証に思えた。


 昼の訓練が終わると、ラグナに連れられて食堂でしっかりと食事を摂り、午後はストレッチと軽い運動で疲れをほぐした。そして、日も傾き始めた夕方――リックはついに、闘技場の案内人から名前を呼ばれることになる。


「リック・ハイド。次の対戦準備を。」


 その瞬間、リックの心臓が強く跳ねた。ずっと覚悟していた“戦いの時”が、とうとう現実になったのだ。


「……ついに、この時が来たんだな……」


 少し震える指先を抑えながら、リックはゆっくりと立ち上がった。胸の奥には緊張が渦巻いていたが、それ以上に確かなものがあった。それは、ここまで積み重ねてきた日々、そして誰よりも自分を信じようとする気持ちだった。


「勝てるかどうかはわからない……でも、良い勝負にしたい。自分の全力を出せれば、それでいい。」


 闘技場の石造りの通路を歩くリックの視界に、観客たちのざわめきが徐々に重なってくる。巨大な観客席に囲まれた舞台の中央には、すでに相手――若き戦士・ティベリウスが立っていた。


 彼はリックより少し背が高く、体つきも筋肉質だった。短く整えた黒髪と鋭い視線を持ち、手には短剣ほどの長さの双剣を握っていた。その立ち姿は洗練され、足元は常に軽やかに動いている。手数で攻めるスピード型の戦士――そんな印象を与えた。


「へえ……新入りか。悪いけど、手加減はしないからな?」


 ティベリウスは軽く剣を振りながら言い放つと、すぐさま舞台中央へ歩を進めた。観客席がどっと沸き、試合開始の合図が鳴り響く。


 リックは深く息を吸い、構えを取る。


(落ち着け、相手は速い。けど、攻撃の隙は必ずある……タイミングさえ見極められれば、長棍で対応できる)


「いくぞ!」


 気合いを入れるように叫び、リックは戦いの中へと飛び込んでいった。


 ティベリウスは開幕と同時に前へ出てきた。細かく、そして流れるような剣の連撃。斬撃の音が空気を裂き、紙一重でリックの体をかすめていく。リックはステップと棍の防御でそれらをなんとか受け流しながら、相手の動きのリズムを読み取ろうとしていた。


(早い……けど、動きにクセがある。ステップの最後で重心が片方に偏る……あそこが隙だ)


 やがてティベリウスの連撃が一瞬止まった。その瞬間を逃さず、リックは長棍を大きく振り回し、右斜めからの死角を狙って一撃を放った。


「うっ……!」


 長棍の先端がティベリウスの肩に直撃し、彼の体がよろめく。観客席から驚きの声と歓声が入り混じったどよめきが響いた。


「よし……!」


 気を緩めず、リックはすぐさま薙ぎ払いの動作に移る。ティベリウスが体勢を立て直す前に、足元を狙って放った一撃が決まり、彼の体がバランスを崩して地面に倒れ込んだ。


 勝負あり――


 観客席から大きな歓声が湧き起こった。リックはしばし呆然と立ち尽くしていたが、やがてゆっくりと勝利の実感が体中に広がっていった。


 倒れたティベリウスが手を差し出し、リックもそれをしっかりと握る。


「初めての試合だったけど、君と戦えてよかった。ありがとう。」


「……まさか、やられるとはな。でも、悪くない気分だ。またいつか戦おう。」


 二人は互いの健闘を讃え合い、肩を叩き合った。


 その光景を見ていたラグナが、大声でリックを呼ぶ。


「よくやったな、リック!この調子でどんどん強くなれよ!」


 メアリーも静かに歩み寄り、「本当におめでとう、リック。あなたの努力が報われて、私も嬉しいわ。」と優しく微笑んだ。


 リックは二人に向かって深く頷いた。心の中には、昨日よりもはるかに大きな決意と希望が宿っていた。


 異世界での最初の勝利。それは小さな一歩かもしれない。しかし、リックにとっては確かに“戦士としての始まり”を告げる、大きな一歩だった。

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