間話 言葉はときに矛となり、言葉はときに盾となる


 二班副班長の黒石白くろいしはくは、班員の白南風喜己しらはえききにアイコンタクトをとる。


 それは、二人の眼前にいるウィタとの戦闘開始の合図だった。


「"言葉はときに矛となり、言葉はときに盾となる"現れよ、敵を貫く我が矛よ。現れよ、我を護る盾よ」


 黒石の言葉に呼び出されたように、盾と矛が彼女のもとに現れた。純白の盾と漆黒の矛には、神々しさと禍々しさが共存している。


「やはり戦いを選ばれたのですね。ですが、単なる武器での戦闘は先ほども申したように、修行を積んできた私相手には不利かと」


 黒石の銘力発動に呼応して、ウィタは構えた。


「本来の装備は今回の任務の邪魔になると思い、置いてきたのですが、あなた方くらいなら素手で問題ないでしょう」


白姉はくねえだけじゃない、私もいる」


 手のひらに風を巻き起こしながら、白南風は告げる。


「それに、私の力もそんな単純な力じゃない。負けても、言い訳しないで欲しいかな」


「それはそれは、とても楽しみです」


 黒石と白南風は横並びに、左の口角だけを上げ余裕の笑みを浮かべるウィタへと向かった。


 戦闘が始まってすぐに、二人は異変に気づいた。


 もっとも、任務の詳細を流師から報告されたときにすでに聞かされていたことであり、ウィタ自身も言っていたのだが。実際に彼女達も普段と比べ、身体が思うように動かなかった。


 あらゆる動作がいつもの自分達の想像とズレる。


 ウィタはその一瞬の隙を見逃すことなく的確に痛いところを突いてきた。


 しかし、彼女達も負けてはいない。


 普段との誤差を連携で巧みに埋め合わせ、ウィタに遅れをとることなく、互角にしのぎを削っていた。

 いや、むしろ二人は普段とのズレに適応していき、逆にウィタに一瞬の隙を生ませた。


(ここかな)


 黒石の銘力は言葉を発して、矛と盾を顕現する能力。そして、その矛と盾の形態を言葉で自在に変化させ戦う。


「伸びよ、我が矛よ!」


 ウィタが回避したと思った矛先を銘力で伸ばし、彼に命中させる。

 まさに絶好の隙であった。

 

 普段なら必中の間合い――そう、普段なら。


 黒石の言葉に応じて数メートルは容易く伸びるはずの矛は、数センチほどしか伸びなかったのだ。


「嘘、なんでかな……」


「白姉、どうしたの」


 困惑する二人を見て、したり顔のウィタは言う。


「おおよそ、そんなところだと思いました。私の"他力本願"は、一般人相手だと単に調子を狂わせる程度です。しかし、銘力者相手だと銘力にも影響を及ぼすのです」


「そんな……」


 白南風も自身の風の出力を上げようとするが、思い通りにいかない。少し強めの風が吹く程度で、戦闘に役立ちそうにもなかった。


「銘力頼みの戦闘しかしていない小娘など、私にとっては取るに足りない存在。もう引き返すことは許しませんよ」


 首筋を流れる汗が冷水のように感じる。戦闘で身体は温まっているはずなのに、悪寒が二人を蝕む。


 そこから、銘力を存分に使えない二人は防戦一方となった。

 敵の銘力に慣れてきた身体も、銘力の弱体化の話を聞いてからは、動揺からかぎこちなさが増した。


 敵が素手であることが救い。

 ウィタが武器を持っていたら、既に二人は死んでいただろう。


 体力も精神も底をつきかけていた。

 そんな極限に追い込まれたとき、白南風があることに気付く。


「白姉、作戦がある」


「なに?」


「あいつの動きなんだけど、私達のどっちかを回り込ませないように上手く立ち回ってる」


「それで?」


「多分だけど、あいつの力は視界に捉えてないと発動しないんじゃない?」


(そんなまさか、いや、あり得る……かな)


 ウィタの動きは洗練され、意識しなければその動きに気付くことはできないかもしれない。だが、間違いなく同時に二人を視界に留める様に立ち回っていた。そんなことをしながらも、二人を追い込んでいるウィタの戦闘能力の高さには脱帽だった。


「かけるしかない……かな」


「だから、私が囮になって注意を引く。その間に白姉が決めてくれない」


「それは無理かな」


「どうして!?」


「キーちゃんの今の微かな風より、私の武器の方が注目を引きやすい」


 涼しげなウィタを見て、黒石は固唾を飲む。


「それに、私は誰かが傷つくのが耐えられないの。誰かが傷つくくらいなら、私は自分が傷つく方を選ぶ。可愛い妹分なら尚更かな。

 誰かを守るために、この仕事してるからね」


「白姉……」


 白南風に優しく語りかけ、黒石は覚悟を決める。


 ここが最後のチャンスになると。


「だから、私が囮になる。キーちゃん、任せたよ」


「うん、任せて!」


「よし、行くよ!」


(敵は強い。その事実は認めよう。私一人じゃきっとウィタには勝てない。それも認めよう。

 でも、私は一人じゃない。キーちゃんがいる。背中を託せる仲間がいる。信じよう)


 二人は腹を括った。


 黒石はウィタに向かい走る。


 背中を強く押す追い風が吹いたように黒石は感じた。

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