第13話 届かぬ願い

ユナの涙は既に枯れていた。心までもカラカラに乾いている。

この戦いでもう半分以上の兵士が亡くなった。

長年鎖国状態だったステラテラ史上最悪の出来事。

血に染まった海岸を夕陽が呑み込んでいく。

私はソルトに代わり降伏を宣言した。

西部の海岸に急いで走っていく伝令兵。

無言で武器を手放していくステラテラの兵士達。

私はみんなの顔を見ることが出来なかった。

死んでいった人たちが報われないなんて、言われなくても分かってる。

赤髪の女性は、膝をついて動けないままの私に声を掛けた。

「お前は間違っていない。」

私は悔しくて悔しくてしょうがなかった。

どうしようも出来ない苛立ちだけが心に積もる。

「ステラテラの兵士を拘束しろ。」女性は声を張り上げる。

その声を掻き消すように響めきが広がった。

「見ろよ、船が近付いて来ているぞ?」「あれは敵の増援か?」「まさか...な?」

私は微かに聞こえた言葉でハッと顔を上げた。

真っ赤な夕陽を掻き分けるように進む一隻の船が近付いて来ている。

あの黒船よりも立派な船が、どんどん大きくなっていく。

「あれは...セントリアの船だ。エア=シュラは一体何を考えている⁉︎」赤髪の女性はその船を見つめ固まっている。

一人の兵士らしき人が女性の元に駆け寄ってきた。

「あれはセントリアの増援か?」

「さあな。だがエア=シュラ自らが現れることは無い。あの船には必ずヤツがいる。」

「あひゃひゃっやっと来たかよ!村の人達の仇を取れる瞬間が!ただ殺すだけじゃ済まさねえ!」

「ヤツは私が殺す。手を出すなよ?」

「へいへい。サザンカに任せるよ。」

サザンカと呼ばれている女性は、高らかに剣を掲げた。

一気に静まりかえった海岸。人々の視線が彼女に集中している。

「ステラテラの者達よ。待ちに待った王のご帰還だ。さあ、その目で見届けろ。ヤツの最期を。」

「ふざけんじゃねえ。」遠くから聞こえた凄みのある声。アロン伍長だ。

サザンカは不敵に笑みを浮かべた。

「同志達よ!これは我々の門出への祝福だ。

王のいない世界を目指すには、セントリアの没落が最優先。進軍に必要なこの地を占拠し、世界へ狼煙をあげろ!全ては運命が如く我々の道を照らしている。さあ武器を取れ!この命大志の為にあり!」

遠くで湧き上がった歓声は、私たちを取り残しているようだった。

ザブン_____。一際大きな音と共に船が砂浜に乗り上げた。

白い泡を含んだ海水が砂浜全体に広がっていく。

ただ呆然と水の中に歪む手の甲を見つめていた。

「ユナ!」

聞き慣れた声に私は顔を上げることが出来なかった。

私の涙は枯れてなんていなかったから。

「なんでっ...なんで来ちゃったの...」

引いていった波の跡にポツポツと小さな穴が開いていく。

「ソルトのばか!!」振り絞った声。

力無く見つめた先には、夕陽を背負うように船首に立つ彼の姿があった。

ああたったひとりの愛している人...

橙に染まった肌。哀しそうにこちらを見る赤と青の瞳。

その瞳はゆっくりと私の前に立つ人物に移った。

「サザンカ、君の大志とやらは僕の志なんかよりもずっと立派だと思う。けど、僕は君と相容れない。僕は僕の大切な人たちを守ることしか頭にないんだよ。」

初めて見るソルトの冷たい瞳にゾクリとした。

ソルトは静かに砂浜を一望した。

無数に転がった死体の山を見ても彼がその表情を変えることはなかった。

何を見たのかその視線の動きが止まる。

彼の視線を辿った先にいたのは、アロン伍長と向き合うノヴァ兵長だった。

「アロン伍長、遅くなってしまってごめんなさい。もう直ぐセントリアの増援が来ます。それまで耐えましょう。」

ソルトの声からは感情が伝わってこない。

「我が王よ、その心意気に感謝する。今重視すべきは我々兵士の命では無い。この国の存続であり、この国に住む人々の命なのだから。」

ソルトはその言葉を待つことなく砂浜に降り立った。

続くように船から飛び降りたセナとシュガくん。

「たった三人で増援を待つとは無謀だな。」あちこちでそんな声が聞こえた。だけど、その中にステラテラの人々の声は無かった。

初めからこれは勝機のない戦いだった。誰もがそれを分かっている上で戦っていた。

そこにソルトが一筋の光を差し込んでくれた。

増援が来る。それは確かに希望だった。

ソルトは一人の人物と視線を交えていた。

「ロス、君は本当にザザンにつくんだね。」

「ああ。」

「じゃあ僕たちは本当に今日で敵同士だ。」

「これは俺が決めた道だ。過去にこだわり躊躇する必要は無い。でないとお前は全てを失うぞ。」

ソルトは目を逸らすように、後ろに立つ二人に声を掛けた。「ロスを相手に出来るか?」

「ハイッス!」

「自分一人で十分です。」

「シュガ釣れないこと言うなって!」

「馬鹿は自分の実力を知ってから喋ってくれ。」

「オレたち相棒じゃん⁉︎」

「はぁ...セナを相手にしていると気力がすり減る。」

「んじゃ吹っかけてくんなよ!」

騒がしい背後にソルトは「任せたよ。」と一言だけ告げた。

そして遠くのアロン伍長に声を投げる。

「ノヴァと兵士の統率は任せます。」

「皆さんはファボと協力して怪我人を船に運んでください。レノア、スー、アルルはクリフの指示で手当を。」

「リンネさん、船は任せてもいいですか?」ソルトは顎を上に向けて船の上に立つ見知らぬ人物を見た。

肩まで伸びた緩い金髪に白い額。水溜まりのような青色の瞳を持つ人物は柔らかい笑みを見せた。

「これは私の船も同然ですから。お任せ下さい。」

そう言って足元から何かを拾い上げる。

それは持ち手の太い杖のよう。

パァンッ___。乾いた爆発音と同時に敵の一人が膝から崩れた。

その足には小さな穴が空いていて、鮮血が流れ出ている。

この場にいる誰も声を発せなかった。

一瞬の出来事で何が起こったのか分からない。

「まさかステラテラ国でお披露目になるとは...。これは我が国が生んだ最先端の武器です。まだこの一本しかありませんので、きちんと持って帰らねばエア様に合わせる顔がありません。ステラテラの国王よ、分かって頂けましたか?セントリアは貴方とこの国の存亡の為に尽力しております。そんなエア様のご期待を裏切ることが無いようお気を付け下さい。」

その杖の先がソルトに向いた。

「約束は果たします。」

ソルトはそう告げて、ナイフを抜いた。

その刃先は真っ直ぐに赤髪の女性を向いている。


海岸に船が到着する少し前のこと_____。

僕たちはリンネさんが操縦する船でステラテラを目指していた。

その船は凄まじい速さで波を掻き分け進んでいく。僕たちが3日かけて渡った海を半日足らずで渡航してしまう。

船がステラテラの地に乗り上げた時、視界いっぱいに広がった光景を見て嗚咽がした。

血生臭い海岸。泣いているユナの姿。絶望に染まった人々の瞳。知っている人達の亡骸が無惨に転がっている。

人々の笑顔で溢れていたこの海岸はあまりにも生々しく変貌していた。

真っ赤に染まった砂がここで何があったのかを鮮明に物語っている。

僕は怒りを抑えるのに必死だった。

この怒りに身を任せたらきっとこの戦いは終わる。だけどそこに立っているのはもう僕じゃない。

震えが止まらない腕を誰かが掴んだ。

「ソルト王、約束してください。貴方は貴方のままでいると。」

この腕を痛いほど強く掴んでいるのはシュガだった。

シュガは何かと約束を要求してくる。

「君はどこまで知っているんだ?答えろ。」

僕は冷たく言い捨てた。

シュガが嫌いなわけじゃない。ただ一刻を争うこの状況でまた勿体ぶられるのはごめんだ。

「...悪魔の炎は、怒りを種に燃え上がります。そこに怒りがある限りその業火が消える事はありません。悪魔のそれは人間のみを罰する永遠の青い炎。貴方が王になったあの日と現状は異なります。今、その血に呑まれればこの島一体がその炎に包まれるでしょう。

...それに貴方はもう限界を迎えようとしている。次にその怒りを燃やした時、貴方はこの世界を終わらせる存在になる。...自分はその災悪を止める為にここにいます。この闘いが終わったら貴方に全てをお話します。だからどうか...約束をしてください。それまで貴方は貴方でいてくれると。」

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