第2話 少女と母
少女の名はユナ。本名はユナ=フィールド。
この国は、ステラテラという小さな島国らしい。
ユナは毎日、僕のところに来た。
だいたい朝と夕に2回。
朝は果物とパン・飲み水を置いていき、
夕は傷口を消毒し新しい包帯を巻き直す。
そしてときどき、温かい湯桶に濡らした布で
体を丁寧に拭いたりもしてくれた。
僕の体に刻まれた紋章のような痣。
ユナは微かに目を見開いたが何も聞いてはこなかった。
「どうして僕を助けたの。」
背中を拭く彼女に問いかける。
ユナは少し悩んでから口を開いた。
「人に親切にすると、巡り巡って私の幸せに繋がるってお母さんが教えてくれたからかな?」背中越しで伝わる恥ずかしがるような声色。
「でも、ちゃんとした理由なんてないよ。ただ助けたいって思ったの。」
「でも...」
僕が怪我をしていようが襲おうと思えば...。
なんて光景が頭を過り、濡れた犬のようにぶんぶんと振り払った。
どうしたの、とユナの柔らかい笑い声が僕を包み込む。
「僕は、ソルト。」
ちらりと見上げたユナは、少し驚いた顔をして嬉しそうに笑ってくれた。
それからユナが来る度、僕は少しずつ彼女のことを知っていった。
ユナは17歳。
僕よりもひとつ年下でお母さんと弟がいる。
母(アイナ=フィールド)はすぐ近くで果樹を育てている。
果物を卸しパンをもらう。
それだけでは生活が厳しく、日が昇っている間はユナが近くの畑仕事を手伝って野菜を分けてもらっている。
ステラテラの住民同士は物々交換が主流みたいだ。
弟(セナ=フィールド)とは年子。
16歳だが立派な兵士で、"王直属護衛官"という高給取りらしい。
この国の男性は、10歳になると訓練所へ入所し兵の訓練を受けなければいけない。
15歳の節目には訓練兵同士の手合わせが行なわれ、勝てば兵士。負ければ兵の任を解かれる。
その中を勝ち上がり役職まで得るなんて...。
「ユナの弟くんは凄いんだね。」
僕の称賛に、うーん...と眉をひそめるユナ。
「凄い運が良かったんだろうなぁ...。」
と苦笑いを浮かべては、補足のように話してくれた。
「セナが9歳の頃にこの制度が出来たから、弟の代が1番訓練歴が長いの。まぁ、熱苦しさなら勝てる人なんていないんだろうけど...。」
弟くんの話をするユナは凄く楽しそうだった。
それから半月以上が過ぎ。
僕の傷も随分と回復してきた頃だった_____。
「ユナ??声が聞こえたけど、なんで納屋なんかにいるの?」
バッと開いた戸には、ユナをひとまわり大きくしたような雰囲気の女性が立っていた。
「お母さん?!これはっ、そのぉ...!」
慌てるユナに反して、ユナは母親似なのか...
なんて呑気な事を考えていた。
「お客さん来てたならこんな納屋じゃ可哀想よ。」
寝床に腰掛けていた僕に、そっと近づいて
「こんにちは。」と挨拶をするユナの母。
僕の顔を覗き込んで3秒ほどまばたきが止まった。瞳は夜の猫のようにまんまるかった。
「...見ない方ね。異国の方がどうしてここに?」
その声色は確かに不安を含んでいた。
僕に代わり、説明をするユナ。
「彼はソルト!酷い怪我をして海辺に倒れてたの。ケガが治ったらちゃんと帰してあげたくて...。お母さんお願い!怪我が治るまでソルトのこと内緒にして?異国民は見つかったら殺されちゃうんでしょ?」
ユナの大きな瞳がうるうると揺れている。
緑色の海のような瞳。
僕は目を離せなかった。
殺されてしまうとか正直どちらでもいい。
ただ、あまりにもこの瞳が綺麗だったから
僕はこの瞳を否定出来なかった。
「分かったわよ。ユナが助けたいんならお母さんも助けたい。だけど...納屋じゃなくて家に来なさい。こんなところじゃ治るものも治らないじゃない。」
僕は口を開けたまま2人の会話を見つめていた。
ユナと瓜二つな優しい笑みを残して、母は出て行った。
「お母さんっありがとう!!」
扉の奥に声を届けたユナは、残された僕に眩しい笑顔を向けた。
「そういうことで!ソルト、家に行こっ!」
ユナは「すぐ戻ってくる!」と告げ何かを取りに出て行った。
再び納屋の戸が開くと、紫色の薄手の首巻を手にしたユナが立っていた。
彼女はそれを僕の頭にぐるぐる巻き付ける。
「逆に怪しい気がするけど...。」
「だいじょうぶ!髪の毛さえ隠しちゃえば違和感ないよ!」
頭の下でひとつに結った、細く揺れる束を指で絡めとる。
「どこにいても見ない髪色って言われるんだな...。」
思い出してはそっと溜息を吐いた。
「そんなことより早く行こ!」
僕の手を引いて、納屋の戸に手を掛けるユナ。
ユナの掌は想像通り柔らかくて、なんだかむず痒かった。
その手によって開かれた世界は、思わず目をつぶってしまうほど真っ白な光で満ちていた。
少しして目を開けると、本当に真っ白な世界で驚いた。
父から聞いたことがある、"雪"というものが一面に広がっていたんだ。
雪は太陽に照らされキラキラと反射している。
久しぶりの外の世界に目が当てられる。
そんなことなどユナは知る由もなく、僕の手を引きスタスタと楽しそうに歩いていく。
雪の上を歩くとサクッサクッと足を盗られるような感覚が、まるで底なしのような気がして恐ろしかった。
時折、雪の底に石のような凹凸を感じる。
はあ...道に転がっている石に安心する日が来るなんてな...。
些細な有り難みをそっと噛み締めた。
街はとても静かだった。
遠くにちらほらと人を見かけるが、僕の姿を見て怪しむ様子はない。
「あまり人は歩いていないんだね。」
「暗くなるまではみんな仕事があるから、ね。」
「ユナはいいの?」
「最近は日が昇る前に行って、お昼過ぎには帰らせてもらってるの。貰える野菜の量は少なくなるけど、ソルトを1人にするのが心配で...。」
「あっ!!ソルトのせいじゃないからね?
ソルトを助けた時と同じで、私がしたいからしてるんだよ?」
不安そうに僕を覗き込むユナ。
「今更だけど...助けてくれてありがとう。」
パァーッと明るくなったユナの顔を見て、僕の足取りは少し軽くなった気がする。
雪にも慣れた頃。
ユナが立ち止まり、繋いだ手が解けた。
「ここだよ!フィールド家にようこそー!!」
ゆっくり開かれた戸から、美味しそうな匂いがぶわっと広がる。
台所に立つユナの母が振り返り、僕を見てニコッと笑った。
「ソルト君いらっしゃい。寒かったでしょう。」
そう言ってユナの母は、温かいスープとパンを食卓に並べ始めた。
僕はユナに促されるまま席に着く。
目の前のスープからは、ほわほわと湯気がたちのぼっている。
脳を刺激する美味しそうな匂いに、待ちきれないと腹の虫が小さく鳴いた。
この日僕たちは3人で食事を囲んだ。
初めて食べた温かいパン。
いつもよりずっと柔らかくて、芳ばしい香りが口いっぱいに広がる。
「この国は寒いから、納屋なんかに閉じ込められて大変だったでしょう?」
ユナの母が可笑しそうに笑う。
僕はぶんぶんと首を振った。
この半月、大変だったのはきっとユナの方だろう。
ちらり、とユナを横目で見る。
パンを両手に頬張るユナは、誰が見ても幸せそうな顔をしていた。
野菜が沢山入ったスープは、ふたりのように温かくて優しい甘さであっという間に飲み干してしまった。
「ふふっ。張り切って作りすぎちゃったから嬉しいわ。」
ユナの母は、空の器に野菜のスープをたぷたぷと注いでくれた。
「ソルト君はどこから来たの?」
「っと...」
僕はどこから来たのか__?
どこへ行けばいいのか__?
何ひとつ答えられない...
言葉に詰まる僕を見たユナの母は、スッと話を変えた。
この日僕は暖かい毛布に包まれて
深い眠りに誘われた。
夢に見たのは、少年の日の記憶________
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