14:揺り籠の雷管(Cradle)

 密林に静寂が戻る。

 倒れた男の亡骸。

 その傍らに、オレたちは静かに立ち尽くしていた。


《SCHIZMの討伐、感謝します。報酬の申請が可能です。後ほど近くの端末にアクセス願います。》


うるさいな…」

 ツナギの言葉には苛立ちが滲んでいた。


《光輪デバイスを通じて、SCHIZMからスキルやNILを回収可能です。いずれも有用と思われますが、どうしますか?》


 ツナギはロギエルの声に応えない。

 ぬかるみに膝をつくと、スキズムの顔に手を添え、開いたままの目を閉じた。

 彼は静かに手を合わせる。


 “わたし”も一緒に手を合わせた。


(……ごめんなさい)


 自分たちが生きるために、彼を殺した。

 経緯はどうあれ、それが現実だった。


 だがその感傷を断ち切るように、密林を踏みしめる足音が響く――


《識別コード:DOMINA(ドミナ)、SHIV(シヴ)の存在を確認しました。共に討伐対象です。》


 黒い光沢を放つローファー。

 濃紺の学生服。

 光輪の発光が反射する艶やかなセミロングの黒髪。

 切り揃った前髪から覗く整った眉からは、冷たい優越感が漂う。


「スキズム、役立たなかったみたいね」

 鼻先で嗤うように言い放つ。


 脇にはそれに不釣り合いな中年男

 禿げた頭頂部に長い襟足を紐で縛り、だらしない腹をアロハシャツが覆う。

 サングラスで目元は見えないが、下卑た笑みを浮かべた口元から金歯がきらりと光った。


 後ろにはまるで従属物かのように彼女の従える、

 背を丸め呻く男と泣き続ける細身の女が控えている。


 ぱっつん女の視線が、ツナギへと向けられた。


「ちょっと、試させてもらうわよ」


 ┏━━━━━━━━┓


 ドミナの光輪が紫色に発光すると、周囲にぞわりと冒涜的な気配が奔った。

 見えない糸が心に絡みつくような、支配の感触がツナギを襲う――


 ……


 しかし、ツナギは微動だにしない。

 彼の精神力は最も容易くドミナの干渉を弾き返した。


 ┗━━━━━━━━┛



「さすがに無傷じゃ効かないわね。

 というか何の役にも立たなかったじゃない、あの駄犬」


 その言い草に猛然と腹が立った。

 スキズムは敵だったけど、あまりにも救いが無いと思ったからだ。


「何言ってんだ!?アイツはあんたの仲間だったんじゃねえのか!?」

 ドミナは何言ってんの?といった風で、首を傾げる。



「仲間?あんなのただの駒よ。

 頭のネジが外れてて操るのは簡単だったけど、全然使い物にならなかった」


 まるで興味がない。

 踏み潰された虫にでも向けるような言葉だった。


「何で……人にそんなことができる?」


 スキズムの死に様を想い、沸き立っていた感情は悲しみに変わって、声が震えた。


「……あなたの両親は、あなたのことをそんなふうに扱わなかったんじゃないの?」


 その瞬間。

 ドミナの表情が――凍りついた。


「……は?」


 
沈黙。



「私のこと、何も知らないくせに……!」

 今までの冷めた様子から一変し、ドミナの瞳が見開かれる。


「わかるわけないでしょ!!

 あんたみたいな、幸せな顔した田舎もんに!! 私の苦しみが!!」

 瞳の奥が烈火のごとく燃え上がる。


「スコリア。逝きなさい!」

 

 怒りに任せた命令だった。

 背後の呻く男の内側から赤い光が強烈に点滅する。


「いやだ……まだ……ドミナさま……たすけて……」

 拒絶の声を漏らしながら、足を絡ませつつ前へ進む。


  (……なんだ?)


「トーカ!危ない!」


 ツナギがオレの前に飛び出し、腰のアームが盾を素早く前に構えた。



 轟音と共に、男の体が爆裂した。

 埋め込まれた無数のネジとベアリングが飛散する。


 爆風と飛び散る金属片が透明樹脂の盾を激しく打ち鳴らす。

 厚さ5mmのポリカーボネートは二人を守りきったが、亀裂が走り、アームは関節部から折れ曲がった。


「くっ……!」

 


 髪が後に強くなびき、煙と焦げ臭さに咳き込む。

 ツナギはベルトを外し破損したアームを速やかに放棄した。


「……少しやりすぎたわね」

 怒りが収まったのか、ドミナは冷静に呟く。


「シヴ、殺さない程度にいたぶってやって」


「任されましたよ、お嬢」

 アロハの男は先ほどまでのとぼけた表情から一変し、ぞっとするような笑みを浮かべた。


 密林に紛れるように姿が消える。

 激化する戦いの熱に、額から一筋の汗が流れた。

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