第20話

ありがとうございます!

それでは、第20章を感情の余韻を大切にしつつ、新たな一歩を踏み出す章としてお届けします。文字数は2000文字以上、カクヨム向けのテンポを意識して執筆します。



第20章 「ふたりで進む場所」


 放課後の音楽室。

 最後のチャイムが鳴ってからすでに一時間以上が経っていた。


 けれど、大和と夏希はまだその場にいた。

 重ねた手の温もりを、どちらも離せずに。


 窓の外では、西日がゆっくりと沈みかけている。

 橙色に染まった教室は、どこか舞台の裏側のような静けさを纏っていた。


「なんか……夢みたいだね」


 夏希がぽつりとつぶやく。

 その声には、照れくささと、ほのかな不安が混じっていた。


「うん。でも、夢じゃないよ」


 大和は優しく応えると、そっと手を握り直した。


 この時間が、終わってほしくなかった。

 でも、どこかで覚悟もしていた。明日からは、また別の一日が始まるということを。


「明日、ライブのリハだよね」


「うん。文化祭まで、あと三日」


「緊張する?」


「……ちょっとだけ。でも、不思議と怖くない」


 夏希は、ゆっくりと笑った。

 その笑顔は、かつての彼女とはまるで違って見えた。


 ステージの向こうに立つことを恐れていた少女は、いま、自分の足でそこに向かおうとしている。


 そして、そこには大和がいる。

 それだけで、心が強くなれる気がした。


「じゃあ、明日の放課後も、また一緒に練習しよう」


「うん、楽しみにしてる」


 ふたりは教室を後にし、並んで廊下を歩いた。

 夕焼けが差し込む校舎の中、影がふたつ、寄り添うように伸びていた。


   *


 翌日、音楽室は文化祭ムード一色だった。

 バンド部の機材が運び込まれ、照明のリハーサルも始まり、どこかピリッとした空気が漂っている。


 大和たちのユニットも、いよいよステージ直前の練習に突入した。


「夏希、音程バッチリ。昨日よりも声に芯がある」


「ありがとう。でも、まだリズムが……ごめん、もう一回!」


 何度も繰り返すサビのハーモニー。

 それでも、ふたりの息はぴったりだった。


 周囲の部員たちも気づいていた。

 彼らの間に流れる“何か”が、これまでと違うことに。


「大和、あいつ最近やたらイケメンじゃね?」


「夏希先輩、めちゃくちゃ雰囲気変わったよな……」


 ヒソヒソとささやかれる声が、逆にふたりの背中を押した。


 やがて、顧問の先生が練習の終わりを告げると、大和はそっとギターをケースに戻した。


「明日が本番だね」


「うん。……大和と一緒に歌えるの、楽しみ」


 夏希は小さく笑った。

 その瞳には、もう迷いはなかった。


「俺も。……明日、ちゃんと見ててね」


「うん。……私も、大和のこと、ちゃんと見るから」


 その言葉は、約束のようだった。


 ふたりは静かに頷き合い、教室の外へと歩き出す。


 明日は、文化祭。


 あのステージで、ふたりが交わす歌声が、誰かの心に届くように。

 そして何より、自分自身の心に響くように。


 大和は思った。


——これは、ゴールじゃない。始まりなんだ。


 きっと、舞台の上でこそ、本当の自分たちが見つかる。



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