第10話
第10章:瀬戸内の陽光 ― 岡山編
広島での感動の余韻を胸に、ツアー班は次なる目的地・岡山へと移動した。
天気は快晴。瀬戸内の太陽が降り注ぎ、車窓からはのどかな田園風景と、遠くにキラキラ光る海が見える。どこか心がゆるみ、張り詰めていたツアーメンバーたちにも、自然と笑顔がこぼれていた。
俺・結城大和(25)は、到着したばかりの岡山市民文化ホールの搬入口で、スタッフと段取りを確認しながら汗をぬぐっていた。
一方、彩花(25)は少し緊張した様子でホールの天井を見上げている。
「なんだか……広島よりも、ちょっと空気が違うね」
「そうだな。ここは“演劇の街”でもある。舞台設計も少し特殊なんだ」
「へえ……今日のセット、大丈夫かな」
彼女の不安は的中する。岡山会場は、舞台袖のスペースが他会場よりも狭く、セット転換のタイミングや機材搬入の配置に変更が必要だった。
1. 新たな挑戦:舞台演出の転換
「今回のセンターLED、設置位置をずらさないと、立ち位置と干渉しますね」
照明担当の岩井が、巻尺を片手に測りながら言った。
「了解。じゃあ、プロジェクター映像に切り替えよう。LEDの代わりに吊り下げスクリーンを使用。デザインは昨日のものを流用して、解像度は下がるけどストーリー性は優先だ」
俺は即座に判断を下し、演出チームに通達する。岡山公演は“柔軟性”が鍵になると察していた。
「今回、少しシアターチックにしよう。照明も自然光に寄せて、芝居仕立ての演出に切り替える」
「脚本みたいな流れに……?」
彩花の目が輝いた。
「そう。岡山では、君の“物語”を強く打ち出そう」
俺はポケットから台本ノートを取り出し、短いモノローグパートを追加する案を見せた。
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2. ステージで語る“自分”
本番。
会場には、親子連れや演劇好きの年配ファンなど、これまでとは少し違った客層が並ぶ。照明はスポット中心に構成され、シンプルながらも温かみのある空間が作られていた。
最初の曲が終わると、照明がふっと落ち、彩花がひとりで舞台中央に立つ。
「私は……たった一人で夢を見ていたわけじゃありません」
観客の目が集中する中、彼女は短い芝居のような語りを始めた。
「心が折れそうになった日、支えてくれた人がいた。励ましのメッセージ、差し入れの小さなおにぎり、見えないところで準備してくれた音――」
彼女のモノローグは、スタッフやファン、過去の自分へ向けた“感謝の手紙”だった。
ステージ上にはプロジェクターで映された風景写真と、後ろ姿だけの“彼”(俺)を模した影絵が重なっていた。
観客席からすすり泣く音が聞こえた。
その空気を受けて、次の曲「灯(ともしび)のワルツ」へと移る。ゆったりとしたテンポと、柔らかなライティングが、彼女の歌声をまるで語りかけるように響かせる。
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3. 舞台裏で交わす本音
終演後の控室。
彩花は一枚の便箋を俺に手渡した。そこには、今日のステージ中に語った“手紙”の全文が書かれていた。
「本番では、ちょっと言葉を省略したから。あれ、本当はもっと長かったんだ」
「全部……読むよ」
俺は便箋を握り、ゆっくりと目を通した。
ずっとステージに立っていたけど、
あなたがいなければ、私はここまで来られなかった。
一番近くで見守ってくれたあなたが、
観客席の誰よりも、私の背中を押してくれました。
読み終えた時、俺はそっと彼女を抱きしめた。
「……ありがとう。俺も、君の隣にいられてよかった」
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4. 岡山で育まれた“演じる力”
翌朝、岡山を発つ前に、俺たちは地元の演劇青年団の若者たちと軽いワークショップを行った。彩花が即興で「歌う演技」のデモンストレーションを見せると、若者たちは目を輝かせていた。
「感情を乗せるって、こういうことなんですね!」
「彩花さんの目線だけで、ストーリーが見えてくる……」
彩花は照れながらも、一人ひとりに丁寧に声をかけた。俺はその姿を見ながら、彼女のアーティストとしての幅が、また一歩広がったのを実感した。
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5. そして次の地へ
ツアーバスが岡山を離れる頃、瀬戸内の海が夕日に染まり始めていた。
車内ではスタッフが疲れからウトウトと眠り始める中、彩花は俺の隣で小さな声でつぶやいた。
「ねえ、大和。もしこのツアーが終わっても……また一緒に、何か作りたいな」
「もちろんだよ。ツアーは通過点に過ぎない。君となら、何度でも“最初の一歩”を踏み出せる」
彼女は微笑んで、俺の肩にそっと頭を預けた。
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瀬戸内の陽光は、温かく、やさしく、次の道を照らしてくれる。
――次回、第11章「恋と炎のリズム ― 大阪編」、二人に訪れる最大の転機と、観客を巻き込んだサプライズが舞台を揺らす。
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