第三十二装 『黒鐘コハクの迷宮デストラクション』
『ガチャリ』
今日も獄門への扉が開いた。
受付エリアは今日も賑わいを博しており老若男女様々な人たちが、入口の前でたむろっていた。
共に潜る友人を待つ者、効率的に稼ぐため作戦を練り合い会議する者、たわいもない話をし時間を潰す者。
ダンジョンは人が集う性質上、いつの間にか一種の集会場のようになっていたのだ。
「さて、っと。今日の仕事は~……クレーム対応240件、企業案件29件、ドロップアイテムレートの協議及びクライアントの利便度向上へ向けた調査…………」
受付に捕らわれし美麗なる嬢、スルノ。
今日も棚に入っている恐ろしいほどの書類業務に追われながら平均3分に一度やってくる
ここ最近は夏の熱波と冷房の寒暖差ショックになんとか耐え続け、ヘロヘロになってもなんとか食らい付く日々。内なる怒りはますます昼に食べる激辛料理に辛みを足していく。
まあ、正直なところ彼女はこの仕事にかなりの自信があり、未だに仕事を辞めないのもこの地獄に業務作業を誰よりもこなせる自信があるからだ。
(それにしても……最近の
ダンジョンでは基本的に電子機器は使用できない。
常時放出されている濃厚な魔素が機械に非常に強い負荷を与え瞬く間に使用不能になってしまうのだ。
が、最近はそれに対抗してかいろいろな企業がこぞって『魔素に影響されない機械』の研究に着手。
結果稼いでお金をつぎ込み高性能迷宮用カメラを持ち込み動画撮影や映え写真を撮る輩が増えまくっているのだ。
しかも更に嫌なのが、それを自分の身も守れないほどの雑魚がやりがちだということ。この一週間で何人もの若者が動画撮影に夢中になるあまり、魔物から攻撃を受け緊急搬送されるという珍事件が発生しているのだ。
(ゴミ、ゴミ、ゴミ! あ~あ、私の窮屈な業務作業に救いの手を差し伸べる人はいないのか!)
そう思いメガネをスチャっとかけ直した時であった。
その救いの手を差し伸べる人が来たのは。
「さ~てと、労働~労働~人生だいたいろーどー!!!」
能天気で明るい声、日光に当たって尚輝きを増す琥珀色の髪、白い素肌はかつてのような病的なものではなくシルクの様に美しさを纏う。
今スルノが一番期待し一番気にかかっている人が、堂々とドアを開け集会場に入ってきた。
その装いはかつての物とは異なり、完全に探索用の凝った武装に変わっていた。
(く……黒鐘コハク!!! 七月に入って17回目の入場ッ、ぶっちぎりで一位の入場率!!!)
つい最近までヒョロヒョロなよなよ超よわよわの、学生気分が抜けてない一般人だったのに。左腕に石の武装を付けてから、異常なほどの成長を見せていた。
初期は三時間四時間だった探索時間も、今や7時間超えは当たり前。もちろん一度も地上に戻らずにだ。
放つ魔力も日に日に強く大きくなっており魔力視をすればC級上位……いやほぼB級といってもいいほどのオーラが見えるほどであった。
「おはようございます、スルノさん。今日も労働しますよ!」
「流石でござ……ヴヴン!…………左様ですか。」
興奮を抑えながらもコハクは水晶に手を当て所持品ロッカーへと移動する。
ガバっと空いた先にはボコボコにひん曲がった珍剣、『ナマクラ』がたてかかっていた。
彼が最初に来た時、四月の初めから共に戦っていた相棒のような存在。ピンチの時はこれを使って切り抜けてきたらしい。
斬ることもできず刺すことも難しいこの武器に一体何の愛着があるのか分からないが、彼がそれを背負うと不思議と様になって見える。
「武装を新調されましたか、実に賢明な判断だと思います。」
「あ、ああ。気づきましたか……ってそりゃそうか。今までラフすぎましたよね、ハハハハ!」
「ハハハ!じゃないですよ黒鐘さん! 今までよく死なずにいましたね、本当に本ッ当に驚きを隠せませんよ!!!」
細く貧弱な体だったコハクは、生活の安定や日頃の探索でほんの少しだけ太くなっていた。Lサイズのシャツがダボダボだった時と比べると、見た目も性能も安定感が違う。
石のガントレットも、革の装備一式も細くしなやかな体になじみスタイリッシュな印象を受けさせる。
明るい髪や眼と合わさり、名実ともに強者へと成ろうとしていたのだ。
女性と話せて少しテンションが上がったコハクはゲートを通りついに階段の上へと立つ。
ここを降れば完全に魔物の巣窟、強くなる最短経路でありこの社会の根幹を担う元凶そのもの。
そしてなによりも…………彼が相棒と出会ったきっかけ。
「それじゃ行こうかアルマ。」
「ああ、コハク。やるべきことは山積みじゃ、今日は肉と言う肉が悲鳴を上げるまで徹底的に経験値と魔石を喰らってやるからな!!!」
「いつものことじゃないすか……今日は何層?八層、九層?それとも……」
いつものように左腕と喋る。
その姿は最近になって確認されたが、まるで腹話術の様に見事な声の分離、そしてたまに見える左手の目玉。
この獄門ダンジョンに来る者達の間で彼の姿は時に妬ましく、時に凛々しく映るのだが。その要因の一つにその左腕が関係しているのかも、しれない。
「おい……あの人だろ?」
「せやでせやで、聞いて驚くなよ!あの人はなダンジョンに何時間も連続で潜り続け、その層にいる魔物を手あたり次第狩っては見つけ狩っては見つけドロップアイテムも残さんほどに戦うすごい奴や!何より怖いのは、その身に宿ったとされる左手の悪魔!」
蔓延る噂話も、今や彼の強さを拍車かけるように様々な逸話が作られていた。
コハクはナマクラに手をかけ、おもいっきりゲートをくぐっていく。
その勢いは近くにいた者達を驚かせ、迷宮よりも強い圧でその場の空気をモノに。魔物も、襲来したその圧倒的異質さに怯え集団で襲い掛かる。
「任せろコハク!」
『シュババババ!!!』
五体のゴブリンは突如目の前に現れた水色のナニカによってバラバラに斬り刻まれその命を終える。
周りの
「突然伸びて突然縮み、いつの間にか敵を倒すんや!!! ある時はトゲが生え、ある時は轟音鳴らして、あんぐり空いた口で死体を丸飲みにするんやとか!」
「んなわけないでしょ、そんな化け物いる訳ない。」
『さらさら~』
塵と化して消えていく死体、光の霧となって空へと上がっていく。
コハクはそれを機に足に魔力を込めると一気に大ジャンプ、何を思ったか左手でその霧たちにスッと触れる。
「うむ、美味いのう!ワシの料理の次に美味い!!!」
皆一斉に目を擦り目の前で起きた出来事に首をかしげる。
迷宮へ還るはずの魔素溜まりが、気づけば左手に吸い込まれて消えていたのだ。
その輝きはコハクとアルマの力の源になり、更なる力のカギになる。
ありえないことを、ありえさせる。
不可能なことを、可能にする。
皆言葉に出さないが、その言葉が一番似合う男を知っていた。
「さてっと、ウォームアップは済んだか?」
「ああもちろん、こんなの序の口にも満たん。さあ行こうぞ相棒、まだ見ぬ強者を求め!ワシらは突き進むのじゃ!!!」
青年の名は、黒鐘コハク。
特技は諦めない事とアルマの機嫌をとること。
夢はこのバカげた世界をぶっ壊して、良い世界を作ること。
左腕の武装王と共に、今日も彼は戦う。
自分の…………果てしなく大きな野望を、いつか『相棒』と叶えるために。
今日も迷宮へ潜るッ!!!
『
喋る武装篇 武装の出会いの章
『終』
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どうも卍丸です!
これにて喋る武装篇・武装の出会い編は完結です。
この次からは、獄門事変という新たな章に入ります。
力をつけてきたコハクとアルマ、徐々に実力を伸ばしていた二人だが…………
日常に暗い闇が、手を伸ばす。
試される力量、知られざる真実、そして目覚める……ダンジョンの王。
果たしてコハクは、無事アルマと未来を紡ぐことができるのか!?
ひと段落付きましたので改めて、★での評価と作品のフォローをよろしくお願いします。
彼らの未来に、幸あれ!
──卍丸修多羅。
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