第十一装 『教師の名はアルマ』

コハクは一層の少し離れた場所へと移動し、人目が無いことを確認してアルマを解放した。


「これから教えるのは、ワシがWikiで調べ上げた技能じゃ。とくとして聞くんじゃぞ!」

「ネットサーフィンコーチか…………よろしくお願いします。」



コハクはスゥっと息を吸い込み戦闘の構えに入る。

意外にもかなり上手にできている、アルマはその構えに思わずおぉっと声をあげた。



「やはり、姿勢は上出来じゃな。…………どこでそれを?」

「アクション映画。暇な時はずっと見てたからいつの間にか…………」

「なら話は早い!早速次のステージじゃ!!!」


アルマは石の爪で岩場を引っ掻き回し音を立てる。


これぐらいの音がなれば、どんな魔物だって勘付いてやってくる。彼らは頭は良く無いが魔力によって常時感覚が研ぎ澄まされているのだ。



「ギギャギャ!」「グギギギ!!!」

「おいアルマ?一体何して…………」


コハクはアルマに呼びかけるが、いつの間にか石のガントレットになったのか一切の応答を受け付けない。


まるで、これがであると言うかのように…………



「ク……クソっ!やってやるよ!!!」



力強い走りを見せるゴブリン、その歪ながら鍛えられた筋肉質な体はダンジョン初心者にトラウマを植え付ける。


向かってくる黄色い爪が不意に目の前に迫り、コハクは拳を撃つ準備をする。



「グゲェ!!!」

「あ……ああ!?」

『ヒュン!!!』


しかしなぜか腕が動かなかったコハクはギリギリで爪の攻撃を躱し横へと転がり込む!普段はなんとか立ち向かえたコハク、しかし数の差は彼の心に大きなプレッシャーを与えていたッ!



(なんでだ!?今……確かに拳を前に…………)


そう思った束の間、左腕にひょこっと口が生えアハハハと大笑いを始める。



「やっぱり格好だけじゃのぉお主はァ!!!何をそんなにビビっておるんじゃ?」

「ビビって……ねえし!!!今のはたまたま……それに武器も使ってなかったから!」


そういい後ろに背負った唯一の武装、『ナマクラ』に手をかける。


これを使えば一層の魔物に引けを取ることはないだろう。何よりこの剣のいいところはどれだけ乱暴に扱おうとも壊れない、ある意味最強に近いのかもしれない。



「よっしゃお前ら、これで終わらせて…………あれ?腕がッ!?」


しかしナマクラは突如動いた左腕によって奪い取られ、遠くの方へと投げ飛ばしてしまった!



「おいアルマ!?一体何してんだよ!」

「お主の方こそ、一体何をしておる?」


その言葉通りに再び強烈な殴打がコハクを襲い、クロスガードブロックの構えでなんとか直撃は防ぐ。殴り返そうと思わず拳を突き出すが、迷うようにふらつき空を切ってしまう。


「もう一回!」

『スカッ』


またしても俺の拳は簡単に避けられ、鋭い蹴りが俺のみぞおちを激しく打ち付ける。


(く……苦しい…………こんな奴、こんな奴にィ!)




その時、俺は気づいた。


自分の本当の力は、こんな奴らに劣っていたと。


武器やアルマに頼り、多少気が大きくなっていたのかもしれない。元の実力はまさしくEクソ級、どうしようもない雑魚であった。



『ボゴォ!』

「ウッ!」


気を取られた隙に、背後から強力な蹴りが背中へと入る。


全身を強烈な痛みが駆け巡る、摩擦で擦れ皮膚が剥ける。跪いてもなおゴブリン達の闘志は収まらない、何か強い感情に突き動かされているように。



(マズイ……このままじゃガチで殺される…………)



あの時と同じ状況であった。


仄暗い深い洞窟、パチパチと音を立てる魔石のトーチ、蠢くゴーレム。

痛みと苦しみがあの記憶を思い出させる。辛くて苦い、ルッコラのよう。



「!」


生きたい。

生きてもっと先へ、まだ見ぬ地へ。コイツと決めた、大事な約束。

心の底から噴出した醜くてドロッとした、生への執着。


(必要なのは…………『意思ッ』!)

(お見事。)




アルマが笑ったような、気がした。



『ズズズズズズ』

「ギ!ギギャャギャッッヤ!??」「ギュギゴッゴッッッゴ!?」


突如弱者から放出される圧倒的な魔力、絶対的な想いの力。

生への執着が、彼の中に眠るアルマの魔力を掘り起こしたのだ。


握る拳に力を入れる、俺が俺ではなくなったような。溢れ出る力が、俺を前へと突き動かしている。


これなら、行ける!!!



「動くなよ、緑野郎!!!」

「イギャアアアア!??」


魔力を右腕に流し筋力を強化、ゴブリンの頭をグシャリと潰して塵へと変える。今までの俺ではできなかった芸当を、最も簡単に実現できる。全身の血管が、筋肉が、膨らみ熱くなりリミッターを超える。



「いや、そう決め付けてたんだ。だろ、アルマ?」

「ようやく力の使い方を学んだようじゃの!」


琥珀色の髪と目は魔力の影響で薄く輝き、目の前のゴブリンへ強者の威圧感を与える。それはまさしく、そのちんちくりんな頭でも理解できる『死』への恐怖であった。


「ウゲゲゲゲェェェ!!!」

「させるかッ!」


出口の方へと一目散に走り出すゴブリンに、コハクは粘鞭を飛ばして捕縛する!アルマではなく、自分の意思によって!


「行くぜェェェ!!!」

「ギャ!ヤメアアアアア!!??」



ゴムパッチンのように跳ね返ってきたゴブリンに向かって渾身の一撃を繰り出したコハク、青色のオーラは火花を散らし岩の世界を輝かしい光の塵で包む!



『ドゴオオオオオオ!!!』



拳から煙を出しながら、覚悟を胸に抱いた少年は静寂の世界に佇むのであった。



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