喋る武装篇

武装の出会い

第一装 『100度目のおはよう!』

『ビービービービー!!!』


ベッドの端で鳴り響くアラートのようなアラームを左手で止める。また今日も朝がやってきた、寝起き早々にそんな風に思うコハク。


時刻は8時30分、別にこの時間に起きる必要はない。

そう言った仕事にはついていないからだ。

ただ……



「ふう~……いい朝だ。」


窓から見えるのは、ダンジョンから伸びる柱。

まるでポートタワーのようだがその高さは1.5倍、

そして何より血のような鮮やかな赫は人類の創造物では無い事を見た者に示す。



「ガラガラ~……ペィ!!!」


洗面所で歯磨きと洗顔を済ませ、俺は自分の姿を見る。


父から受け継いだもやしのように細い体、母から受け継いだ雪のような色白の肌。琥珀色の髪と目とにっこりと笑えない顔。

高校を卒業してから三か月、

俺はある職業に就き一括千金を狙おうとバカをしたところからこの悲劇は始まった。



探索者ネザランナー


ダンジョンに潜り、ダンジョンに潜む敵【魔物】を倒し。

そいつらの魔石やドロップアイテムらを売りさばく生業の者達の名。


60年前イギリスに出現したのをきっかけに、世界中に何百も『生える』ことになったダンジョン。

最初の五年は大量の魔物が人類の文化や歴史、そして命を奪い続けた。



朝ごはんの準備と共にテレビを点けると、律義にもダンジョンの解説番組が放送してあった。



「えー現時点世界で20億人、日本でも2000万人が探索者ネザランナーに登録されていると言われていますね。」

「昔は出身大学や保持資格など、目指す職に就くためにいろいろな肩書がありましたが。

今は探索者が重要視されています、故に老若男女問わず登録する人が今も増え続けているんです。」


ダンジョン産業は今や世界最大の成長分野。60年経った今も迷宮は科学でも解明されぬ未踏の領域だ。


人々は平均16歳で異能スキルを発現し、炎や雷を操る『行術』、肉体を強化する『伎能スキル』を得る。

人類はその力で魔物を狩り、かつての『災い』を――『福』へと変えた。



「それだけじゃないです、魔物が落とす魔力を帯びた。砕けば魔力を増やすことができ、売れば國や企業や高値で買い取ってくれる。

ちなみに私は『風行』、風を操ることができます。」

「おお……それはすごい。私はそういうものは発現せず…………」


解説者はニヤケた面でアナウンサーに手を向け風の渦を見せつける。


「いやァ本当は火行とか雷行とかが良いんですが、いかんせん練度が足りて無くてェ……

今度機会があれば見せてあげますよ。滅多に見れないでしょうし、貴女は。」


その自慢げな顔とアナウンサーの愛想笑いに嫌気が刺し、俺はテレビを消した。




「こういう争いは……見るに堪えねえなぁ。…………いただきます。」


古古米、無脂肪牛乳、コンビニの売れ残りのパスタ。栄養価は考えず貪りつく。


E~Sに分かれたランク、その中で俺は一番下のEであった。魔力も少なくスキルも一個しかない、碌に稼げる実力も能力も備わっていなかった。



(このままじゃいけない……このままじゃ…………そう思って三か月、見栄張って一人暮らししたのはいいものを。

親に送ってもらった選別費20万は底を付き、毎日潜って4000円が関の山。)



あっという間に『』の飯は無くなり、コハクはダンジョンに潜る準備をした。




「うーむ、我ながら似合ってるねェ!!!……防御力はさておき。」


黒のカーゴパンツをベルトでギュッと縛ると共にグレーのシャツを着る。なんて軽装備…………ってまあ仕方ない。

自分を守る『武装』なんてものは安いものでも5万円。今の俺に、それを買う手段はない。



社会の手厳しさを感じながら、ボロボロのスニーカーの紐を限界まで閉める。


毎日のルーティンをしっかり済ませ、顔をパシッと叩きダンジョンへと向かった。





▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△





住んでいるアパートから徒歩十分のところにあるダンジョン、冠する名は『獄門』。


ヒョーゴ圏ではかなり有名なダンジョンでその名の通り入口が地獄へ通じる門のようにパックリと空いているのが由来。

まあそこの上に入場施設が建ってるんで一目で分かる訳じゃないが……


いかにもって感じの白い建物、圏が運営しているからかそれなりに綺麗な外観をしている。

天井を突っとばすように伸びる赤い柱は、ここの街のシンボルとなっていた。



『ピピピ、承認しました。』


さっそく入口に入りゲートに立った俺は、登録した探索者の魔力を認識し判別する装置、通称『水晶』に触れ中に入る。

わざわざ顔や指紋じゃなくても識別してくれるし、何よりスムーズ。


ちなみに警察の犯人捜査や日本國銀行宝庫のセキュリティには、これが採用されているらしい。どんな痕跡よりも、魔力の残穢はその人のパーソナリティを示しだすのだ。



(このハイテク感、やっぱたまんねえなぁ!)


が、この便利な水晶式認証にもある欠点が存在する。

それは…………



「ピピッ!E級 『クロガネ・コハク』」

「シー!静かに!!!」


声に出してランクを言ってしまうところだ。


大抵の人、D級やC級の探索者ネザランナーなら問題ないだろうが俺の場合一番下のE級。

このランクの者は滅多におらず、いたとしても一か月か二か月でD級に上がる。



「おい……あの人って……」

「ここらじゃ有名な人や。毎日ダンジョンに潜って一層でヘロヘロになって帰るけど、柴三郎さんがたったの4枚しか稼げへんのやて。」

「俺でも週3通って一回で2万ぐらいは稼げるのに…………転職しないのかな。」


聞こえてますよカップルはん、よくも他人のコンプレックスに致命的な一撃を!!!


学校の奴らに見栄張って、絶対成功すると言った始末。引くに引けない状態になってるんだよォ!!!転職!?

そんな簡単に職変えするかバカヤロォ!!!




「今日は…………暴れるぜェェェ!!!」

「「のわ!?」」


カップルやその場にいた者はその威圧に慄く。


預けていたブロンドソード「ナマクラ」をソードベルトに装着し背中に背負う。全く感知できない魔力、その細いながら珍しい琥珀色の髪と眼。

いつものように気だるげな姿ではない。

まさしく爪を隠した鷹ッ!今までの軟弱な姿は偽りの姿だったのか!?




『シュタッ』


ダンジョンの門をくぐり階段を降り一層に入る。広大な空間には洞窟のような岩の世界が広がっており、誰が置いたか分からない魔石の松明が中を照らす。

少し湿気はあるかもしれないが、支障はない。まあ魔物からしたらそんなもの関係ないか。


周りの探索者たちはざわざわとしながら意気揚々とやってきたコハクの様子を伺っていた。



「ギギャァ!!!」


早速緑色の肌と強靭な牙をもった魔物、「小鬼ゴブリン」がこん棒を持って俺の方へと向かう。

変に筋肉質でところどころ浮き出る筋繊維は、美しく松明の光を反射していた。


青年は髪をかき上げ、ナマクラを手に握り居合の形を取る。その構えは確実に…………『殺し』の陣。

相手をキル。


一つの想いのみ。


「喰らえェ!!!」


右手はそのボロボロのグリップをギュギュッと握り、間合いに入った敵を力任せに一刀両断にキル!








『ゴン』


肉に固い物体が触れる音。その緑の腕は、鈍剣の刀身をいとも簡単にガードしていた。


「「「「あ」」」」

「…………やっべ☆」


その小柄ながら筋肉質な肉体から放たれた一撃が、コハクを彼方へと吹き飛ばすッ!!!

その場にいた探索者ネザランナーたち、そのギャグ漫画のように飛んでいく青年を見て口をぽか~んと緩め。


同時に…………


「「「「アチャー……」」」」


手を頭に当て嘆いていた。




数メートルも吹っ飛ばされる威力、しかし慣れていたコハクはうまいこと受け身を取って怪我を防いだ。

今の彼に取って唯一誇れる点と言えるだろう。


パンパンと尻についた砂を払い、仕切り直しの合図をする。



「グギャアギャア!!!」

「あっそォ!ほんじゃま、仕切り直しと行こうか!!!」


そうして俺は、いつもの恒例行事討伐に身を投じるのであった!

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