第5話
「どうされましたか。ご気分が優れないようでしたら、向こうにベンチがございますが」
至近距離で視界に入った神主の顔に、彩音は「ひっ」と声を上げた。
「だ、大丈夫です。すみません」
「左様ですか。ご無理なさらないでくださいね」
では参りましょうか、と神主は歩みを進めた。のろのろと後ろをついて歩く彩音は、前方から漂う香りに気づく。
(あ、昨日と一緒の……なんだっけ、この香り……)
考えているうちにあっという間に授与所へ着いた。 授与所は瓦屋根や柱は立派だが、大きさ自体はこぢんまりとしていた。カウンター越しに見える内装は、大人が並んで二人立てるかどうかぐらいである。
お守りが詰められた木箱が三つ、木のカウンターに並んでいる。木箱もカウンターの木材もしっとりとしたこげ茶色で、神社の歴史を思わせた。
いつの間にか授与所の中へ入った神主が、手のひらで赤いお守りを示す。
「こちらが縁結びのお守りでございます」
示された先にあった、木箱に貼られた「縁結び」という字に彩音は目を瞠った。
(『び』の書き方が、あの作品と一緒だ!!)
間違いなく、『学びの喜び』を生み出した人が書いたに違いない。
睨むような視線を向ける彩音に、神主は訝しげに尋ねた。
「あの、どうかされましたか」
「えっと……この、字を書いた方って神主さんでしょうか」
予想もしなかった問いに驚きつつも、神主は「ええ」と首肯した。眉尻を下げ、少し照れた様子で続けて言った。
「拙い字でお恥ずかしい限りですが」
「そんな! バランスも、筆運びも、力の具合も……素晴らしいです」
「そのようなお言葉をいただけるなんて」
ありがとうございます、と神主は微笑んだ。柔らかな表情に、彩名の胸がどきりと跳ねる。会話を繋げたくて、どもりながら声を発する。
「あの、もしかして、スーパーの近くにある掲示板にあったものも……」
「あぁ、ご覧くださったのですね。あちらも私が書いたものです」
よくお気づきになりましたね、と神主は心底感心したように言い、話し続けた。
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