第4話
翌朝、休日にしては珍しくアラームなしで七時に目が覚めた。昨晩買っておいた総菜パンをほおばりながら、ぼんやりと彩音は考える。
(昨日会った神主さんが、あれを書いたのかな……?)
掲示されていたものが素晴らしい作品だった分、彩音の期待は膨らんでしまっていた。それに、昨日話した彼の落ち着いた物腰はとても魅力的だった。
(なんか、すっごいイケメンだったような気がしてきた)
判明しているのはだいたいの身長と、口元と、神主という立場であることぐらいなのに、膨らんだ想像(というより妄想と言った方が正しい)で胸の高鳴りは増すばかりだ。
話し方は神主という仕事柄から意識的なものだろうけれど、それでも悠然とした口調と、気遣いのある会話はいかにも大人の男性という雰囲気だったのだ。
(あー、イケメンだったらどうしよう。いや、どうもしないけど)
抑えきれないうきうきとした心地で身支度を済ませ、時計を見るとまだ八時を少し過ぎたぐらいだった。白稲神社まで、ゆっくり歩いても三十分ほどだ。
逸る気持ちを持て余したまま、彩音は出発した。
昨日の今日で、窓口が開く時間より前にあの神主に会ってしまうとさすがに恥ずかしいとは思いゆっくり歩いたつもりではあったが、鳥居の前に到着したのは開所十五分前だった。
鳥居から続く石畳の向こう、十メートルほど先に賽銭箱が置かれた拝殿、その少し手前の向かって右側にお守りやお札を扱う窓口である授与所が見えた。
(よく考えれば、窓口は開いてなくても参拝するのは別に迷惑じゃないよね?)
そう思い至り、まずは鳥居をくぐってすぐそばにあった手水舎に向かう。
汲んだ水を手にかけると冷ややかで、心身が清められた気がした。次いで口に少し含むと、さらに清らかな心地になる。就職してからは初詣も行っておらず、参拝することがなかったので久々に感じた気持ちだった。
賽銭箱の前まで進み、いざお参りをしようとしてはっとした。
(お参りってどうするんだっけ。ちゃんと調べておけばよかった……)
神様、カンニングしてごめんなさい、と思いつつ、こっそりスマホを取り出し調べると、参拝の作法として「二拝二拍手一拝」が主流であるようだ。賽銭箱にそっと小銭を入れてから、二度頭を下げ、二回手を打ち、最後にもう一度頭を下げる。なるべく丁寧に、動作を行った。
最後に拝殿を見上げ、ふうと息をつくと背後から声がした。
「おはようございます。来てくださったんですね」
彩音が振り返ると、竹ほうきを手にし、昨日と同じく白衣に濃い紫の袴を身に着けた神主が立っていた。昨日は暗くてよく見えなかったが、袴には白くて丸い紋様が入っている。
明るい場所で見た神主の顔に、彩音は驚いた。形のよい卵型の輪郭に、通った鼻筋、透き通るような肌の色。昨日は気付かなかったが、かなり整った顔立ちをしている。少し目尻が吊り上がっているが、垂れた眉がいい塩梅となりきつい印象は全くない。
あまりの見目の美しさに、彩音はどきまぎしながら挨拶を返した。
「あっ、お、おはようございます」
「縁結びのお守りでしたよね。もう授与所を開けますので、どうぞ」
にこりと口角を上げ、授与所の方へ手のひらを向ける。
スマホで時間を確認すると、八時五十八分だった。
(開所時間よりも早く来て縁結びのお守りを買おうだなんて、寂しいやつだと思われたかな……)
恥ずかしさから俯いていると、神主が彩音の顔を覗き込んだ。
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