第34話
「ごっそーさん」
「お粗末様です」
如月が用意してくれた夕飯を平らげ、手を合わせて感謝を口にする。
すっかり日常と化したことではあるけど、1人暮らしを始めて以来、毎食準備するという大変さを痛感した俺は、可能な限り感謝を言葉にすることを心掛けている。
特に夫婦共働きであるのに、忙しい時も1度すら出来合いのモノで済まさず、作り置きのおかずを用意してくれていた母さんには頭が上がらない。
まぁ、1人暮らしを始めてからスーパーの総菜が上手いし簡単で済ませられるので、頼っちゃうのもしばしばなんだけど。
「食器漬けとくだけでいいですよ?」
「ん? あぁ、洗いものくらいするよ」
「でも
俺に遅れて食べ終えた如月が、パタパタとスリッパを鳴らしながら使った食器をキッチンに持ってきて言うが、俺はそれを制して食器洗いにかかる。
「約束だからってそんな徹底する必要ないだろ。それにお前も文化祭の準備で居残ってから作ってくれてんだから、疲れてるだろうしな」
「それは私の都合ですしいいんです。というか約束した手前、例外作っちゃうと変に“借り”ができて嫌なんですよ」
「今さらながら難儀な性格してんな」
数ヶ月前の夏。如月がこのマンションに訪れた時に俺と交わした
俺的には大学にも慣れて、“面白そうだなぁ”くらいの軽い気持ち。端的に言えば退屈な日常に対する
それと絶対に本人には言わないが、
「んじゃあ水流した奴、食器洗いに入れてってくれよ」
「…………わかりました」
いかにも不服そうな如月。
そこまで
カチャカチャ――――。
ザー――――。
しばしの間、食器同士が当たる音と流水の音が部屋の中を満たす。
同居して気付いたことだが、如月は実はかなりプライベートでは静かな人間だった。
彼女を知れば知るほど、いつも大勢に囲まれてチヤホヤされている“THE 1軍女子”が服を着ているかのような、外での如月との差に驚かされる。
そしてその完璧な理想像を演じ切る、心の強さに惹かれるのだ。
「センパイは……もし結婚できたとして、奥さんが働きたいって言ったら、どう思います?」
「藪から棒だな。つーか、“もし”とか“できたとして”ってけっこう失礼なこと言ってないか?」
「だってセンパイ、その辺諦めてるっていうかぁ。まず好きな子できても告白すらしなさそうですし」
うぐっ……。
実際当たらずも遠からずの痛い所をついてくるな。過去、小中高と過ごしてきた学生生活の片思い歴が脳裏を過ぎる。
「俺だってやる時はやるわ。…………結婚相手の仕事ねー……俺は別に気にしないな」
「気にしないとは?」
「否定しないってこと。今って晩婚だ少子化だ言われてる原因の槍玉に挙げられるのって女性の社会進出が――――っていや、違う。ちょっとストップ」
耳障りの良い言葉の羅列を自ら止める。
違うだろ。
己が本懐を遂げるために、
答えは変わらない。が、その答えに至った途中式を組みなおす。
「ウチの親が共働きだから、抵抗感とか偏見みたいなのがないってのもあるが……。働きたいっていうことは、そいつにとって目標があるってことだろ」
家が欲しい、車が欲しい、コスメが欲しい、推し活がしたい……なんて即物的でも良い。
あるいは誰かと交流したい、人のためになりたい、他者に認められたい……といった精神的な充実を求めるでも良い。
働かなければ“ならない”と働き“たい”は全く違う。
「結婚てのは1人が2人分の人生を背負うじゃねぇ。2人で2人分の人生を一緒に背負うんだ。なら、相手がやりたい事があるなら、応援してやるもん……だと思う」
「…………」
「なんだよ?」
語り終え、ついでに洗い物も済ませるが
「あ、いえ。なんというか……意外と真面目に答えてくれたなぁと思って」
「お前が訊いてきたんだろ」
もしかして「今日は天気が良いですねぇ」的な、軽いニュアンスでの質問だったのか?
だったらバカ真面目に答えた俺がアホみたいじゃん。
「つーか、なんでこんな事訊いてきたわけ?」
「んー……気分って答えたら怒ります?」
「あんまり怒んねーよ。デコピン3発ってところだ」
「けっこうキレてるじゃないですかぁ」
苦笑した如月は「ふぅ」と1度呼吸を整える。
「進路を決める参考になるかなぁと思って、訊いてみたんです」
「進路を?」
「入学願書を出していいのか、来年の第一志望だったところを受けるのか、わからなくなって。そもそもパ……父が言ったように進学なんてしない方がいいのか……」
見たことも話したこともないが、聞く限り如月の父さんはかなりの昭和脳だ。
“男は外で働き、女は家で家族を守る”を地で行くタイプ。
その考えを否定はしない。きっとそういう考えの人たちが必死に頑張ってくれたから、俺たちの世代が何不自由なく、のうのうと生きてられるのだから。
でもソレを他者……まして自分と10、20と歳が離れた娘に強要するのは違う。
「進学はしたいんだろ?」
コクリと、如月が小さな顔を縦に振ると、艶やかなオレンジピンクの髪が揺れる。
「ならソコは間違うな。どこの大学を選んだとしても、進学したいって決めたのは、紛れもないお前自身なんだから」
「センパイ……」
「まぁ他人事だからって聞こえるとは思うが、そう思い詰めんな。失敗したり、困ったりしたら誰かが助けてくれる。得意だろ? 助けてもらう
「もうっ」
と、怒りを表す声色とは裏腹に如月から、暗い雰囲気が抜けていた。
「参考になったか?」
「えぇ、まぁ……1つわかったことがあります」
「ほぉ」
なんだ? と目で問うと如月は残った皿を片し、不敵に微笑んで、
「案外、私とセンパイの相性が良いってことがわかりました」
「なんだよソレ」
「だってぇ私が忙しかったら、センパイに家事押しつ……手伝ってくれたりしてくれるんですよね」
「今、押し付けられるって言いかけたよな!?」
「アハハハ」
破顔一笑。
如月が声をあげて笑う。それは彼女がその他大勢の前で見せる、計算ずくの可愛さを孕んだ笑みではなく。心底楽しそうな笑い。
可愛いイタズラがバレた幼子のように笑う彼女につられ、気がつけば俺まで頬が緩んでしまっていた。
「ところでセンパイ。アレ、使って良いですか?」
「アレ?」
「合格のお祝いですよ。お・い・わ・い」
「え? 願書出すかどうか迷ってんのに、それは躊躇なく使うのな!」
「ダメですかぁ?」
そう言いながら如月は猫を想起させる、前傾姿勢の上目遣いで問うてくる。
…………っ。
それが彼女の演技であることは、騙るに及ばないというのに、抗えないのでタチが悪い。
「で、
「はい。センパイ……ウチの文化祭に来てくれませんか?」
「文化祭? そんなので良いのか?」
てっきりちょっとしたブランド品か、飯かと予想していたが、拍子抜けした願いが彼女の口から紡がれた。
本当か? と、問うも如月は力強く頷く。
「別に良いが、そんなの言われなくても行くぞ? 久留美にも誘われてるし」
「私がお誘いしてことに意味があるんです」
よくわからないが、如月がいいなら俺に異存はない。
「楽しみにしていてくださいね、センパイ」
そう言った如月の顔は、どこか蠱惑的な魅力が醸し出されていた。
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ
非常に励みになります!
現在、本作はカクヨムコン11に参加中。よろしければ評価のほどして頂ければ、狂喜乱舞します。
明日は19時40分ごろに投稿予定です!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます