第33話
しまった……。
講義室の窓越しに見える、鉛色の空から降り注ぐ大量の雨粒を眺め、俺は胸中で呻いた。
理由は単純明快。この
朝方は雲1つない快晴だったから傘持たずに家出たのに、昼前から雲行きが怪しくなり、ついには降ってきやがった。
女心だか、男心と秋の空……なんて言うが、季節の変わり目の天気の変わり目は、激しいにも程がある。
「でもま、講義終わるまで3時間あるし、ワンチャン晴れるだろ」
それこそ移り変わりやすいのだ。暗転することがあれば、好転することもあり得るだろ。
――――そんな、希望的観測をしていたこともありました。
今日最後の講義の終了を知らせるベルが鳴る。
外はザーザーと雨が降りしきり、とてもじゃないが雨具無しでは帰れそうにない状況となっていた。
悪天も相乗して11月の夕方はかなり暗くなっており、実際の時刻以上に早帰らねーとという気持ちを囃し立てられる。
こうなったら選択肢は2つ。
第1案、購買課近くのコンビニで傘を買う。けど傘って消耗品でもないし、地味に値段が張るから、極力買いたくないんだよなぁ。
第2案、ダッシュ。教材が濡れる可能性と明日の洗濯が面倒になることを除けば、金もかからず、早く帰れる完璧な作戦だ。
「腹括って行くか」
背に腹は代えられん。
極力出費を避けるべく後者を心に決めた俺は、スニーカーの紐を結びなおす。
次に進行方向の障害確認。既に午後3限目の始業のベルが鳴った上に、この時間帯からの講義は基本3年以上しか受ける資格講義なので、人通りは極めて少ない。
雨粒躱す勢いで猛ダッシュだ。
そう意気込んだ俺が、踏み込もうとした途端、
ピロンッ。
「ん、なんだ?」
軽やかな電子音を鳴らしながら、ズボンのポケットが震えた。
なんだよ。せっかく人が腹を決めて走り出そうといsた瞬間だってのに……。
この空気の読めない奴はいったい誰なんだ。
嘆息混じりにズボンのポケットからスマホを取り出し、画面を点ける。
ホーム画面の上部分にはデジタル時計があしらわれており、下方にはゲームや動画サイトの未読メッセージがずらーッと並んでいた。
その中の1番上。
おそらく今さっきの通知音の正体である、 1番上にある通知を確認する。
「って、ハハッ」
それはラインのメッセージだった。
が、その内容が、あたかも俺の考えが見透かされているかのように、今の状況と合致していて、思わず俺は笑ってしまった。
『センパイ、まさかですけど今日は傘持って家出ましたよね?』
さて、なんて
**********
如月からのラインを返してから、かれこれ1時間。
大学内の図書館で時間を潰すが、相も変わらず雨は止むことを知らない勢いで降り続けていた。
中途半端な時間故、キャンパスの入り口の屋根下で雨宿りしている俺を除けば、往来は皆無。
故に、正門を抜けてきた1つの人影が、俺の待ち人であることは容易に確信を持てた。
「いやぁ悪いな。助かった」
「まったく……大学生なんですから雨の予報くらい確認してくださいよぉ」
その華奢な体躯には少々大きな白単色の傘をさした、ブレザー姿のオレンジピンクの髪が特徴的な少女。如月が俺を迎えにきてくれた。
「私がいなかったらどうしてたんですか」
「鞄濡れないよう抱えてダッシュだな」
「風邪引きますよ!」
「大丈夫大丈夫。今まで平気だったから」
「その口ぶり何回かやってますね……」
「以後気をつけます」
ムッと頬を膨らませ、僅かに目つきを鋭くする如月。可愛さを含ませたあざとい怒り方も、彼女がすると様になっているのだから、茶々を入れられない。
「いやでもマジで助かった。持つべきものは傘持ってきてくれる後輩だーーーー」
ん?
…………違和感。
不意に謎の不安と焦燥に駆られた。
ただ傘を忘れたので同居人に傘を持ってきてもらっただけの、なんの変哲ない日常。なのになんだ、この妙な感覚。
目の前にいるのはここ数ヶ月一方的に部屋をシェアさせられている、
平日故に着替えるのも面倒だったのだろう。彼女は格好は高校の制服だった。
黒を基調としつつ、裾や前立てに白のラインが入ったブレザーの前を開けた、適度な着崩し。チェックのスカートの裾は膝上数センチで、彼女曰く“日頃の行いのお目溢し”で得たオシャレポイント。
片手は彼女自身の傘をさし、もう片方は普段使いしているスクールバッグの持ち手に添えられーーーー。
「あのぉ、如月さんや。つかぬことを聞くけど……俺の傘 is どこに?」
折りたたみ? まさか“自業自得ですよね”と嘲笑いに来た?
目で問うと、彼女は「はあぁー……」と、俺以外の前では決してしないであろう
「私だって学校で疲れてるんです。駅からお家と真逆の方向にあるのに、わざわざ一旦帰ると思います?」
今まで如月のことは小悪魔の類だと思っていたが、俺の認識が甘かった。コイツはマジモンの悪魔だ……。
クッ! と呻き、いいぜやってやるよ……。そう俺が雨の中をずぶ濡れで走る覚悟を決めた、その時である。
「んっ」
唇を尖らせた如月が、自分のさして傘の持ち手を俺に差し出してきた。
「なんだよ?」
「なんだも何も、迎えに来てあげたんですよ。早く傘持ってください」
「コレお前の傘だろ」
「この傘、大きいんで2人ぐらい余裕で入ります」
「…………」
その言葉の意味を理解できないほど、俺の読解力は低くない。
それはそれとして懸念点はあるが。
「いいのかよ。誰かに見られるかも知れねーぞ」
「もうだいぶ暗いですし、傘さしてる人の顔なんて覗き込まないと見えませんよ。第一、
不安要素は潰し済みってわけか。
ならば俺が口を出すことは何もない。
彼女より頭1つ分身長が高い俺が傘を持つ。
傘の柄を挟んで如月が横に入ってくるのを待ってから、俺は雨の中に踏み出した。
「なんかお前、近くね?」
「身体寄せないと濡れちゃうんですよぉ。もしかして女の子に近寄られてドキドキしてます?」
「ななっ、なわけねーだろ」
「あははっ」
雨独特の匂いに微かに混じった甘い香りが鼻腔をくすぐる。
肩が触れるか触れないかの距離感がもどかしい。
さっきまで耳障りとすら感じていた雨粒の音は完全に掻き消え、ドクンッ……ドクンッ……と、彼女にも聞こえてるんじゃないかと錯覚するほど心臓がうるさい。
あー……これは重症だ。
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ
非常に励みになります!
現在、本作はカクヨムコン11に参加中。よろしければ評価のほどして頂ければ、狂喜乱舞します。
明日は19時40分ごろに投稿予定です!
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